病院のブランディングは「誰に届けるか」が9割
病院のブランディングについて、最近ぼくの周囲でも話題に上ることが増えてきました。ある病院のブランディング戦略について話を聞いていたときに、「そもそもブランディングって誰に向けてやるものなのか」という根本的な問いが出されて、その場にいた全員が少し黙り込む場面がありました。ホームページを作り直そう、動画を配信しよう、広報誌を充実させよう。手段の話はいくらでも出てくるのに、「誰に届けたいのか」という問いへの答えが曖昧なまま走り出しているケースが、驚くほど多いのではないでしょうか。

手段から入るブランディングの落とし穴
「うちの病院もSNSを始めたほうがいいんじゃないか」「ホームページをリニューアルしよう」。こうした提案は各地で出ていると思います。ぼく自身も広報の充実には強い関心を持っているので、こうした動きが広がること自体は歓迎しています。ただ、手段を導入すること自体が目的化してしまうと、更新が続かなくなったり、誰に向けて何を発信しているのかわからない媒体が生まれるだけで終わります。実際、開設から数ヶ月で更新が止まっている医療機関の広報媒体は珍しくありません。
問題の根本は、届けたい相手が定まっていないことにあります。病院がブランディングを考えるとき、訴求する相手は大きく分けて4つ存在します。第一に地域のかかりつけ医や非専門医(紹介受診の促進や地域連携)、第二に同じ分野の専門医(学術的な交流や連携強化)、第三に一般市民や患者(疾患啓発や信頼構築)、第四に医学生や研修医(人材確保)です。この4つは求めるものが全く異なりますし、響くメッセージの形も、コミュニケーションの場も違います。かかりつけ医に伝えたい診療実績の情報と、医学生に見せたい職場の雰囲気では、言葉も見せ方もまるで別物です。届けたい相手が決まって初めて、目標と行動と手段の選択が連鎖的に定まっていくわけです。4つ全部に手を出したくなる気持ちはわかりますが、それがうまくいった例をぼくはほとんど知りません。先行事例で目立っている医療機関や組織は、それぞれのターゲットの性質に合わせてその情報発信の形を最適化しています。
ブランディングのターゲット別戦略

①地域のかかりつけ医に向けたブランディング
最初に取り上げたいのは、地域の開業医やかかりつけ医に対する働きかけです。病院のブランディングとして最も実務に直結するのがこの領域でしょう。目標は紹介受診の促進、つまり「うちの病院に紹介してください」というメッセージを届けることであり、性質としてはB to B(医療機関同士の連携)に近いものです。派手な広報ではなく、地道で確実な手段が求められます。
この層に最も確実に届くのは、紙の広報誌や連携室からの通信です。病院が定期的に発行する広報誌は地域の診療所にダイレクトに届きますし、FAXで送られる連携室の案内も目を通してもらえる可能性が高い。病院Webサイトに紹介方法や診療実績を整理しておくことも欠かせません。たとえば高知大学医学部附属病院が隔月刊で発行している広報誌「おらんくの大学病院」*1は、診療科の教授や若手医師を大きく取り上げた読み応えのある紙面で、地域の医療者や住民に「この病院にはこういう先生がいる」「こんな診療ができる」という情報を具体的に届けています。デジタル全盛の時代にあっても、相手の情報収集の導線に合わせることが重要であり、かかりつけ医にとっては紙とFAXと直接の対話がいまだに最も信頼される接点なのです。
NTT東日本関東病院の取り組み*2も参考になります。同院は800以上の連携医療機関にメールマガジンを一斉配信する仕組みを構築し、直接訪問できない医療機関にもデザイン性の高い情報を定期的に届けています。訪問活動に割ける時間や人員に限りがある中で、デジタルツールを使って紙媒体に近い「こちらから届ける」広報を実現している好例です。かかりつけ医向けの広報では、派手なリーチ数よりも、連携先との接点の頻度と質が直接的に紹介患者数に結びつくのではないでしょうか。
②同業の専門医に向けたブランディング
次に、同じ分野の専門医に向けたブランディングです。この層に対する目標は、学術的な信頼の獲得と関係強化です。同業者は学術情報に敏感で、速報性と専門性の高い情報を求めています。ASCO26とSNSが一体化した学会運営についてもう一度考えるでも書いたことですが、学会期間中のリアルタイムの情報共有は、いまや学術コミュニティの中心的な活動の一つになっています。
病院単体で同業者向けの情報発信を組織的に展開している例はまだ多くありませんが、学会の取り組みは参考になります。ASCO(米国臨床腫瘍学会)は2014年にSocial Media Working Groupを設立して年5回の会議を開催し*3、組織的な情報発信戦略を策定しています。注目すべきは、参加者が自発的に投稿した学会の情報を公式アカウントが積極的にリポストしている点です。何百人もの医師が学会の熱気を拡散してくれるのだから、広告代理店に1円も払わずに得られるとてつもない広報効果です。公式がリポストすること自体が「うちの学会では情報共有を歓迎しています」というメッセージになっている。ESMO(欧州臨床腫瘍学会)も同様にPress & Media Affairs Committeeのもとに広報戦略を組織化し、ブランドガイドラインを公開してビジュアルの統一を図っています*4。
同業者向けのブランディングでは、届けたい相手が「リアルタイムの学術情報を求める専門家集団」であるという性質が、自ずとコミュニケーションの形を決めます。求められるのは速報性と専門性であり、見栄えの良い写真や親しみやすさではありません。
③一般市民・患者に向けたブランディング
一般市民や患者に向けたブランディングの目標は、疾患の啓発と正しい医療情報の提供、「この病院なら安心だ」という信頼の構築です。ここでは前の2つとは全く異なるアプローチが求められます。「一般市民」とひと口に言っても20代から80代までいるわけで、情報の受け取り方は世代で大きく異なります。つまり、単一の手段ではカバーしきれません。
海外の病院に目を向けると、Mayo ClinicやCleveland Clinicの患者向け情報発信は先行事例として参考になります。Cleveland Clinicが運営する患者向け健康情報サイト「Health Essentials」*5は月間200万PV以上を集めており、すべての記事を臨床専門家がレビューした上で公開しています。データ分析に基づいてコンテンツの最適化を繰り返しているのも特徴です。Mayo Clinicは1997年という早い段階からウェブでの情報発信を始め*6、患者のストーリーを活用したコンテンツ戦略を展開しています。両院に共通しているのは、「患者が必要とする情報を、患者が探しているタイミングで届ける」という発想で一貫していることです。
学会の取り組みでは、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会の広報戦略が非常に参考になります。前田陽平先生らが日本外科学会雑誌(125巻1号, 2024年)に報告した論文*7によれば、同学会は動画コンテンツで一般市民への疾患啓発に注力しています。特筆すべきは、その運用目的が一般市民への疾患啓発に明確に絞られていることです。「鼻血の止め方」の動画は92万回以上閲覧され、非医療者にも広く届きました。オンラインアンケートによる疾患認知度調査では約1万人が回答し、回答者の62%が非医療従事者でした。嚥下障害やめまいが耳鼻科の領域だという認知度は90%以上だった一方、舌癌は68%、顔面神経麻痺は46%にとどまり、自分たちの診療領域が一般にどの程度認知されているかを定量的に把握できたそうです。
この学会の取り組みが成功している理由は、「耳鼻咽喉科頭頸部外科の領域を一般の方に知ってもらう」という目的が最初に明確だったことに尽きます。理事長と広報担当理事が話し合い、誰に何を届けるかを決めてから広報活動を始めた。その結果、動画の視聴者層は65歳以上が29.5%とボリュームゾーンになっており、まさに疾患啓発の対象としたい年齢層に届いているわけです。病院が一般市民向けの情報発信を考える際にも、こうした「ターゲットを決めてから手段を選ぶ」という学会の知見は直接応用できるでしょう。
国内の病院レベルでは、小倉記念病院*8の事例も興味深いものがあります。同院では循環器内科医20人が一時期に退職して「もう終わりだ」と言われた状態から、ブランドの再建に取り組みました。市民公開講座を月1回400〜500人規模で開催し、年間60本の地域講演で年間7,000人との接点を作っています。講座の参加者にはオンラインでのフォローを促して5,000人以上と継続的なつながりを持ち、定期的な情報発信の受け皿にしています。地元の著名写真家に依頼して地域住民や地元企業の写真をホームページに掲載する「地域愛」を前面に出した設計も独特です。一般市民や患者向けのブランディングでは、ウェブサイト・市民公開講座・動画・定期的な情報配信といった複数の接点を組み合わせる必要があり、小倉記念病院はその組み合わせが巧みでした。
④医学生・研修医に向けたブランディング
最後に取り上げるのは医学生や研修医、つまりリクルーティングの対象です。ここではメッセージの中身も伝え方も、これまでの3つとはがらりと変わります。この層が求めているのは「この病院(この科)で働くイメージが湧くかどうか」であり、論文の数や学術的な実績だけでは響きません。職場の雰囲気、先輩医師の人柄、教育体制のリアルな姿。それらを伝えるには、ビジュアルと短い動画が圧倒的に強いです。
この領域で成果を上げている病院があります。湘南鎌倉総合病院は看護部の情報発信*9で「一番輝く自分になる」というコピーを掲げ、669床の三次救急病院で働く看護師の日常を写真と動画で見せています。古河総合病院*10はさらに攻めた戦略で、初投稿から30万再生を記録し、その後は100万再生を超えるコンテンツも出ています。月間リーチ数は80〜100万に達し、毎月のように自己応募の採用エントリーが発生しているといいます。医療の堅いイメージを和らげた親しみやすい内容が若い世代に刺さっているのでしょう。
ここで重要なのは、手段の選択がターゲットの性質から自然に決まるということです。20代前半の学生にとって、病院のホームページの採用情報ページを自ら探しに行くという行動はあまり起こりません。「知らなかった病院を知る」きっかけとなる場所に出ていく必要がある。逆に言えば、かかりつけ医向けに有効だった紙の広報誌は、この層にはほぼ届きません。同じ病院の広報であっても、ターゲットが変われば最適な手段は完全に入れ替わるのです。
インナーブランディングを忘れていないか
ここまでアウターブランディング(対外的な訴求)の話を中心にしてきましたが、もう一つ触れておきたいのがインナーブランディングです。院内のスタッフに対して「自分たちの病院は何を目指しているのか」「どのような価値を社会に提供するのか」を共有する取り組みのことで、これが疎かになっていると外向けの発信も空回りします。いくらホームページで「患者に寄り添う医療」と謳っていても、院内のスタッフがその理念を共有していなければ、実際の患者体験とメッセージが乖離してしまいます。
インナーブランディングは採用にも直結します。スタッフが自院に誇りを持っていれば、それは自然と外部にも伝わりますし、離職率の低下にもつながります。逆に、職場の雰囲気が悪いのに対外的には楽しそうな写真を発信しても、入職してきた人がギャップに驚いて早期退職するだけです。ブランディングを考えるとき、外向きの施策ばかりに目が行きがちですが、結局のところ内部が整っていなければ外向きのメッセージも説得力を持たないのだろうと思います。

本拠地なき飛び道具は空を切る
どんな広報手段を使うにせよ、母体となるウェブサイトやホームページという「本拠地」がしっかりしていなければブランディングは成立しません。病院のホームページは施設の掲示板のようなもので「守りの広報」ですが、この守りが固まっていないのに攻めの広報だけ走らせても、興味を持った人がたどり着いた先にスカスカのウェブサイトが表示されたのでは信頼の構築どころではないでしょう。耳鼻咽喉科頭頸部外科学会の論文でも、以前からホームページの充実に力を入れてきたことが繰り返し強調されており、動画やその他の発信もホームページの記事を紹介する形で運用されています。Cleveland Clinicの「Health Essentials」があれだけ読まれているのも、本拠地のコンテンツが充実しているからこそ外部での拡散が意味を持っているのです。
一つのターゲットに徹底すること
ここまで見てきた成功事例に共通するのは、一つのターゲットに徹底して語りかけ続けているということです。小倉記念病院は地域連携のデータ分析を軸にかかりつけ医からの紹介患者増加に注力し、古河総合病院は「若手の採用」に特化し、耳鼻咽喉科頭頸部外科学会は「一般市民への啓発」に絞っています。いずれも「あれもこれも」ではなく「これ一本」で一貫した発信を続けた結果、明確な成果が出ています。
ぼくがとても気になるのは、「ブランディングをやりたい」と漠然と考えている病院の経営層が、ターゲットも訴求したい内容も曖昧なままに広報担当者に対して「いい感じにやってくれ」と丸投げしているケースが少なくないことです。誰に何を訴えたいのかが明確でなければ、広報担当者は動きようがありません。同業者にも患者にも医学生にもかかりつけ医にも届けたいのであれば、それは一つのブランディングではなく四つの別々のプロジェクトです。ターゲットごとに担当チームを分け、それぞれに独立したメッセージと手段を持たせる必要があります。一つの窓口で全方位に発信しようとすると、結局は誰にも刺さらない中途半端なメッセージが並ぶだけです。
病院の経営層に求められるのは、「誰に」「何を」届けたいのかを言語化し、広報の担当者に対して明確な方針として示すことでしょう。ふわっとした「ブランディングできたらいいな」ではなく、「我々は地域のかかりつけ医からの紹介を増やしたい」「医学生にこの病院の魅力を知ってもらいたい」と具体的に宣言する。その一言があるかないかで、広報活動の効果は全く違ってきます。まず「誰に」を決める。それが全ての出発点なのだと、最近つくづく感じています。
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*1 高知大学医学部附属病院 広報誌「おらんくの大学病院」 https://nuh-forum.umin.jp/paper/chugoku_kochi/oranku_020.pdf
*2 地域連携室のリアルなお悩み -営業・広報編- https://medigle.jp/blog/20240223.html
*3 ASCO Social Media Resources https://old-prod.asco.org/news-initiatives/social-media
*4 ESMO Brand Guidelines https://www.esmo.org/about-esmo/organisational-structure/esmo-brand-guidelines
*5 Cleveland Clinic Health Essentials https://health.clevelandclinic.org/
*6 Mayo Clinic https://www.mayoclinic.org/
*7 前田陽平ら. 耳鼻咽喉科頭頸部外科領域におけるSNSを活用した広報活動. 日本外科学会雑誌 2024 https://journal.jssoc.or.jp/articles/text/1250010022.html
*8 小倉記念病院 https://www.kokurakinen.or.jp/
*9 湘南鎌倉総合病院 看護部Instagram https://www.instagram.com/shokama_nurse/
*10 古河総合病院 公式TikTok https://www.tiktok.com/@koga.hospital
更新日:2026-06-07 閲覧数:14 views.