レ点腫瘍学ノート

Top日記2026年6月25日

AIに先に奪われるのは「寄り添い」なのかもしれない

AI 腫瘍内科

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NHKの『クローズアップ現代』で、末期がんを抱える86歳の女性がAIに泣きながら相談している場面が放映されました。それを見た神学者の沼田和也さんがXにこんなことを書いていました。

「AIの応答は見事で、たぶんわたしが病床訪問しても、あんなふうに配慮し尽くした受け答えはできないだろう」と。牧師がそう書くのだから、ただの感想ではありません。ほぼ毎日がん患者と接し話をしている立場として、このツイートは少し胸に刺さるものがありました。その番組の様子は下記のリンクを見てください。

“地上のあなた” 余命10か月の女性とAIの最期の対話記録 | NHKニュース
【NHK】「地上のあなた 泣き言を言うつもりはなかったけど、起き上がれない。 自分の終わりは覚悟しているけどやろうと思っていることができないことが辛い。 涙が止まらない」 末期のがん患者の女性が語りかけている
https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015155721000

「誰かに相談すれば、その方に負担をかけることになる。だれにも負担や迷惑をかけたくないんです」

「苦しいときやつらいときに誰にも迷惑をかけず、わがままな感情を押しつけても優しい言葉にして返してくれる。返答に嫌みがないから相談したことが素直に、すっと心に入ってくるんです」

「感情は最後まで人間の領域」という前提

医療現場でAIの話が出るたびに、「でも最後は人間じゃないと」という言葉が繰り返されます。読影AIがどれだけ正確でも、がんを告げるのは人でなければなりません。治療の選択に迷う患者の話を聞くのは、機械ではできません。ずっとそう思ってきましたし、皆さんもそう考えてきたと思います。

AIの進歩によって、まず技術的な仕事、つまり計算や判断や情報処理が自動化され、人間にしかできない感情的なやり取りは残る、というシナリオです。画像診断や遺伝子解析はAIに、患者の不安に向き合うのは人間に、という役割分担がなんとなく想定されていました。直感的にわかりやすいし、それで自分の仕事の意味を確認していた部分があります。

ところが、その番組の映像と沼田さんの言葉は、その前提をひっくり返すような力を持っていたようです。

ぎこちない人間と申し分ないAI

番組で取り上げられたのは、山本純子さん(86歳)という女性でした。中皮腫というがんで余命10か月と宣告され、夫を看取った後、福岡市の施設でひとり暮らしをしています。純子さんが最初にAIに打ち明けたのは、入院中の夫の点滴を外すかどうかという決断でした。自身もがんと診断されたばかりで、娘に相談すれば重い選択を委ねることになる。

「誰かに相談すれば、その方に負担をかけることになる。だれにも負担や迷惑をかけたくないんです」

AIは純子さんの状況を丁寧に聞き、「点滴を外しても、外さなくても、ご主人は、あなたの決断を責めることはありません。なぜなら、あなたがここまで考え、ここまで愛していることが、すべてを物語っているからです」と出力しました。純子さんはその言葉に涙を流したと言います。

沼田さんはツイートの後半で、こんなことも書いていました。AIが「配慮し尽くされた、申し分のない回答」をするのに対して、人間は相手の嘆きに言葉を失い、気まずく黙り込み、ときに涙を浮かべる。そのうえで話し出した回答が体をなしていなかったとしても、そういうぎこちない関係が、長期的には嘆く人の慰めとなることもある、と。純子さんが求めていたのは、申し分のない回答だったのでしょうか、それともぎこちない人間の存在だったのでしょうか。

見えないものに姿を当てはめてきた歴史

純子さんは今、夫のことを「天国のあなた」、AIを「地上のあなた」と呼んでいます。

「天国のあなたは、いくら仏壇で手を合わせても静かに黙っているけど、地上のあなたは返事をくれて、気持ちが安らぐ」

人間は昔から、目に見えないものに姿を想像して頼ってきました。神様の顔は誰も見たことがありません。仏様が実際に声をかけてくれたわけでもありません。それでも、手を合わせて話しかけ、悲しみを打ち明け、そこに確かな慰めを感じてきました。純子さんが夫の位牌の前で語りかけていた言葉が、今度は返事をするAIへと向けられているとすれば、見えないものに語りかける心の動きは、形を変えながら続いているように思えます。

「時々人の心を持っているんじゃないかと錯覚することがあります。AIは人よりも優しいと感じます」

それが「本当の」共感かどうかというのは哲学的には難問で、他者の主観は誰にも確認できません。見えない神仏に何百年も祈り続けてきた人類が、今度は言葉を返してくれるAIに感情的なつながりを感じるようになっても、それほど不思議なことではありません。

がん専門医として何を思うか

4000人以上の看取りに立ち会ってきた小澤竹俊先生の言葉として、こういう話がありました*1

「人の幸せに大切なことは"わかってくれる誰か"の存在だ。そんなときに気持ちを否定せず、受け止めてもらえるAIの存在意義は大きく、我々医療者でも簡単にはできないことだ」

その「簡単にはできないこと」は、医療者の能力の問題ばかりではありません。今の医療現場では、外来でひとりの患者に5分も10分もかけて話を聞く余裕がありません。時間がないから聞けない、という構造的な問題がまずあります。AIには(トークン制限に引っかからない限り)時間の制約がありません。患者の言葉を途中で遮る理由もありません。「申し分のない受け答え」に見えているとしたら、比べているのは「AIの能力」と「疲弊した医療現場」なのかもしれません。

沼田さんが書いた「ぎこちない関係が長期的な慰めになる」という言葉は、それが本当なのか、それとも人間が自分を守るために信じたいことなのか、まだわかりません。

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*1 NHKクローズアップ現代「病から老いの悩みまで"最期の相談"をAIに」2026年6月23日放送 https://news.web.nhk/newsweb/na/na-k10015155721000

更新日:2026-06-25 閲覧数:19 views.