日本癌学会2026のSNS投稿に関する所感

2026年9月24日から26日にかけて、第85回日本癌学会学術総会が京都の国立京都国際会館で開催されました。ところが、会期中にXのタイムラインを眺めていても、会場からのスライド写真や発表内容のレポートはほとんど流れてきませんでした。日本癌学会といえば、国内の医学系学会のなかでもいち早く全演題のスライド撮影とSNS投稿を解禁した先駆者です。今年はルールが厳格化されたのだろうかと疑問に思い、学術総会のウェブサイトを確認してみたところ、演題募集の規程は2023年からまったく変わっていませんでした。なぜこのような状況になってしまっているのでしょうか。
- 第85回の演題登録規程
- 2023年から4年間同じ規程が続いている
- ポスター会場の9割以上が「DO NOT POST」だった現実
- 学会のリアルタイム実況に向かなくなったXの構造変化
- ルールを解禁するだけでは投稿は活性化しない
第85回の演題登録規程
スライド撮影とSNS投稿に関するルールは、第85回学術総会ウェブサイトの演題募集ページに明記されています。*1
「第85回日本癌学会学術総会では、発表内容を公式X(旧Twitter)/Facebookならびに参加者のSNSで発信すること、またそのためにスライドや発表者が写真撮影されることが許可されます。撮影やSNS配信されたくないスライドやポスターの該当部分については、「DO NOT POST」の掲示をお願いします。「DO NOT POST」の掲示がない場合は、SNSに投稿される可能性があります。同意いただけない場合は演題を登録することはできません。」
このように、撮影と投稿を原則として認めつつ、公開を避けたい部分にだけ演者が「DO NOT POST」を掲示するオプトアウト方式が採られています。SNS発信への同意が演題登録の必須要件になっているため、本総会で発表された演題は、「DO NOT POST」の指定がある箇所を除き、規程上はすべて撮影・投稿が可能だったことになります。実際、第1会場の前には参加記念の投稿を想定したフォトスポットまで設けられていました。*2 事務局のスタンスとしても、撮影を締め付けるどころか、むしろ発信を後押しする側にあったことが分かります。
2023年から4年間同じ規程が続いている
この運用が始まったのは、2023年に横浜で開催された第82回学術総会です。*3 当時の文面にあった「公式Twitter/Facebook」という表記が「公式X(旧Twitter)/Facebook」に改められた程度で、2024年の福岡(第83回)*4、2025年の金沢(第84回)*5、そして今回の京都に至るまで、実質的に同一の規程が引き継がれてきました。第84回の参加者向け案内でも、「DO NOT POST」の掲示があるスライドやポスター内の図表については撮影もSNS投稿も禁止であると、参加者側の行動規範として明確に示されています。*6
ぼくは2024年3月に、日本癌学会による全演題解禁と、それに追従した日本病理学会の動き、さらには許諾済み演題のみを撮影可とする日本循環器学会の部分解禁について取り上げました。許諾の有無を演題ごとに管理する部分解禁は、周知にも運用にも膨大なマンパワーを要するため持続が難しい、というのが当時の結論でした。

続く同年8月には、日本癌治療学会が第62回学術集会から撮影とSNS投稿を解禁し、日本癌学会と同様の「DO NOT POST」方式を導入したことについても記事にしています。

この2本の記事を書いていた当時は、日本癌学会が先陣を切り、ほかの学会がそこにどう追いついていくかという視点で状況を眺めていました。その後、日本臨床腫瘍学会(JSMO)も委員会企画に限定した部分解禁から段階的に対象を広げ、2027年の第24回学術集会では演題募集の段階から全演題を撮影・投稿の対象に据える方針を打ち出しています。*7 ルールの上では、他学会がようやく日本癌学会の水準に並びかけてきた段階だといえます。

ポスター会場の9割以上が「DO NOT POST」だった現実
総会の規程自体が変わっていないとすれば、SNS投稿の少なさは運営方針とは別の要因に起因していると考えざるを得ません。その実情を浮き彫りにする証言が、会期後の参加者から寄せられていました。がんゲノム医療の現場で活躍されている加藤真吾先生(@shinkato_unagi)は、ポスター会場のほとんどに「DO NOT POST」が掲示されており、日本の学会でSNS発信を活性化させることの難しさを痛感したと投稿されています。
癌学会お疲れ様でした!今年も楽しかったです!しかしポスター会場はほぼ全部DO NOT POSTだったので、日本の学会でSNS運用するのは難しいな。。写真撮るのもかなり気を使う。。 https://t.co/wiu93yX5cN
https://twitter.com/shinkato_unagi/status/2104002209855967263#癌学会対戦お願いします!! https://t.co/4xfegELQIE
https://twitter.com/i/status/2102973752942428592
規程上は「DO NOT POST」がない演題は自由に撮影・投稿できるはずですから、実際どれほどの演題に掲示があったのかを尋ねてみました。すると、ポスターパネルが並ぶ一列を見渡しても掲示のない演題はせいぜい1〜2件ほどで、体感としては9割以上が「DO NOT POST」で占められており、もはや掲示がないものは貼り忘れを疑ってしまうレベルだった、という率直な回答をいただきました。
https://twitter.com/shinkato_unagi/status/2104141583964856614@m0370 はい。ポスターで言いますと、一列あってDO NOT POSTがないのは1個か2個くらいでした。90%以上はDO NOT POSTだったように思います。ここまでのDO NOT POST率だと、掲示されていないのも、掲示忘れじゃないかと思うくらいでした。
ぼくが参加してきた直近の日本臨床腫瘍学会や日本癌治療学会では、「DO NOT POST」を掲げている演題は1割以下という印象でした。掲示率が1割未満なのか9割以上なのかによって、同じオプトアウト方式であってもフロアの実態は180度異なります。加藤先生によると、ご自身が参加されていたのは基礎研究系のセッションであり、基礎領域では論文発表前の図表を無断転載されたりスクープされたりするリスクへの警戒感が極めて強いとのことでした。共同研究に携わった学生の記念写真を撮る際にも、背後のポスターが写り込まないよう細心の注意を払わなければならない状況だったそうです。
https://twitter.com/shinkato_unagi/status/2104143302681313380@m0370 私のいたセッションは基礎系でしたので、基礎系だと確かにマネされるリスクはありますね。投稿前のfigureを無断転載されたら嫌といえば嫌ですね。学生さんの記念写真とかも他のポスターが映らないように気を使いました😅
臨床試験のデータは、学会発表の段階でUMINやClinicalTrials.govなどの登録情報や主要評価項目がすでに公表されているケースが多く、学会発表そのものが結果の公表ステージとして機能しています。一方で、基礎研究の学会発表は論文化より前の段階で行われることが多く、スライドやポスターの図を外へ出すことは、研究の先取りやアイデアの剽窃リスクに直結します。2024年の記事でぼくは、癌学会や病理学会は個人情報にあたる臨床データを直接扱わないぶん解禁のハードルが低いはずだと考察しましたが、「未発表データとしての機密性」という、より切実で強固な障壁の存在を軽視していたと反省させられました。
学会のリアルタイム実況に向かなくなったXの構造変化
「DO NOT POST」の多さに加え、情報発信のプラットフォームであるX自体の変質も見過ごせません。Twitter時代であれば、学会の公式ハッシュタグを検索するだけで会場からの投稿が時系列順に表示され、現地に足を運べなかった医師や研究者も議論の熱量をリアルタイムに追体験できました。しかし、現在のXではアルゴリズムによる仕様変更が重なり、タイムラインのリアルタイムの時系列順表示が難しくなったほか、検索結果でもインプレッションやエンゲージメントの高いポストが優先的に表示されるようになっています。ポスター会場から数件だけ発信されるようなピンポイントの知見は、ハッシュタグを追っていてもタイムラインに埋もれてしまい、人々の目に触れにくくなっています。研究者のX離れを指摘する調査報道もあり、*8 学術集会におけるリアルタイムの情報発信ツールとしてXを活用するユーザー自体が、Twitter全盛期と比べて目に見えて減っている印象があるのかもしれません。
今回の日本癌学会でタイムラインが静まり返っていた背景には、会場における「DO NOT POST」の多さと、X上で学会実況を行う研究者層の縮小という、二重のハードルが重なっていたと考えるのが妥当でしょう。
ルールを解禁するだけでは投稿は活性化しない
文字通りの規程を眺める限り、日本癌学会のポリシーはここ4年間にわたり国内で最もオープンな水準を維持しており、今年度も決して後退したわけではありません。しかし、「原則撮影可」としつつ「DO NOT POST」の判断を演者個人の裁量に委ねる仕組みは、発表者の9割以上がオプトアウトを選択した瞬間に、会場全体を事実上の「撮影禁止」へと塗り替えてしまいます。加えて、基礎研究者や大学院生の間には、臨床腫瘍医ほど学会をXで実況するカルチャーが定着していません。仮に撮影可能な演題が存在していたとしても、それを切り取って発信する担い手がいなければ、タイムラインが動くことはありません。
これまで撮影解禁を肯定的に捉え、その普及を後押しする文章を書いてきたぼく自身、ルールさえ整えば自然と自発的な発信が増えていくだろうと楽観視していました。しかし、今回の京都での状況を目の当たりにして、その見立てはあくまで臨床系学会の空気を前提としたものに過ぎなかったと気付かされました。基礎系の学会において知見のオープンな共有を広げていきたいのであれば、参加者個人の撮影と投稿に過度な期待を寄せるのではなく、学会の公式アカウントが論文化済みの研究成果やシンポジウムのエッセンスを会期中に分かりやすく発信していくような、組織的な広報アプローチを模索するほうが現実的なのでしょうか。
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*1 演題募集, 第85回日本癌学会学術総会 https://www.c-linkage.co.jp/jca2026/abstract.html
*2 第85回日本癌学会学術総会 https://www.c-linkage.co.jp/jca2026/
*3 演題募集, 第82回日本癌学会学術総会 https://www.c-linkage.co.jp/jca2023/contents/abstracts.html
*4 演題募集, 第83回日本癌学会学術総会 https://site.convention.co.jp/jca2024/abstracts/
*5 演題募集, 第84回日本癌学会学術総会 https://www.c-linkage.co.jp/jca2025/cfa.html
*6 参加者の皆様へ, 第84回日本癌学会学術総会 https://www.c-linkage.co.jp/jca2025/participant.html
*7 演題募集, 第24回日本臨床腫瘍学会学術集会 https://www.c-linkage.co.jp/jsmo2027/cfa.html
*8 Thousands of scientists are cutting back on Twitter, seeding angst and uncertainty, Nature 2023 https://doi.org/10.1038/d41586-023-02554-0
更新日:2026-09-27 閲覧数:23 views.
