レ点腫瘍学ノート

Top / 日記 / 2024年 / 3月15日

学会スライドの撮影・SNS投稿解禁問題

学会 SNS

学術集会のスライド撮影は日本のほとんどの医学系学会で禁止されている。ましてや、その画像を個人のブログやSNSにアップロードするなんてもってのほかという風潮である。しかし、最近はその風潮にも少し変化が見えてきている。

スライド公開で先行する海外学会

以前から学会情報はネットのほうが早かったけれど、今回の #ESMO23 はリアルタイムで現地参加者がツイートするし、各ジャーナルも同時掲載論文を投稿するし、毎日OncoAlertが今日のハイライトを紹介するしMedscapeとかが解説記事を公開するし、Twitter参加しているだけで相当な情報量が収集できる

— レ点🧬💉💊 (@m0370) October 24, 2023

ASCOやESMOではスライド撮影やそのSNSへのアップロードはかなり自由である。特に2023年秋のESMOではSNS利用は極めて活発であり、インフルエンサーのオンコロジストが特別重要演題に指定された講演の壇上で自分の発表スライドを自撮りし、それをそのままTwitter(現X)にアップロードするという光景まで見られたようである。ESMOは実際、SNS利用を積極的に行うことを会員や参加者に勧めている

Historical moment for GU oncology. @tompowles1 brilliantly presents the results of the EV-302 phase 3 trial, showing a doubling of OS for patients with mUC receiving 1L enfortumab vedotin+pembro vs SoC platinum-based chemo. ADCs keep shining and improving outcomes! #ESMO23 pic.twitter.com/BVGJ0865lZ

— Paolo Tarantino (@PTarantinoMD) October 22, 2023

ASCOは著作権をすべて学会に帰属させるという権利関係を採用しているはずで、実際にASCOはその発表されたスライドを有償で販売したりもしているようだ。ESMOは2023年時点では著作権のすべてを学会に譲渡するわけではないが抄録の権利はESMOに帰属する。

腫瘍領域にESMO・ASCOという大先輩があり、発表スライドは瞬時に共有され、現地の質疑が10分で終わってもネットで演者本人や野生の解説者が加わって活発に『続きのdiscussionはwebで!』があるという圧倒的な成功例を見ることができる。スライド撮影が当たり前の海外学会だからこそと言えるが。

— レ点🧬💉💊 (@m0370) March 11, 2024

日本国内で学会のスライド撮影を認めている学会

日本癌学会

日本癌学会は2023年総会の時点ですでに全ての発表者に対してSNSで発信することを認めることを求めており、これに応じない場合には演題登録をすることはできない(つまりスライド写真撮影やSNSへのアップロードを許可することが必須)という条件を課している。これはぼくが知る限り、国内では最も強い措置を取っている。発表者は、どうしても撮影されたくないスライドについては1ページ毎に「DO NOT POST」とメッセージを付けることでこの撮影と投稿を拒否することができるが、これを付けないページは全て撮影されてSNSに公開される可能性がある。

#ogp Error: Failed to fetch OGP data.

第82回日本癌学会学術総会では、発表内容を公式Twitter/Facebookならびに参加者のSNSで発信すること、またそのためにスライドや発表者が写真撮影されることが許可されます。撮影やSNS配信されたくないスライドやポスターの該当部分については、「DO NOT POST」の掲示をお願いします。「DO NOT POST」の掲示がない場合は、SNSに投稿される可能性があります。
同意いただけない場合は演題を登録することはできません。

この姿勢は日本癌学会の2024年総会でも踏襲されており、同じ文面で演題登録時にSNS発信とそれのためにスライドが撮影されることに同意することが必須となっている。

#ogp Error: Failed to fetch OGP data.

日本病理学会

日本病理学会も2024年総会から、日本癌学会2023方式を採用している。つまり、原則全ての演題はSNS投稿およびそのためのスライド写真撮影に同意する必要がある。

発表者・座長へのお知らせ:https://t.co/yafDHLMsmC
闊達な議論を目的とし、本会においては発表内容の写真撮影/配信を原則許可します。

ご発表に際し、「撮影・SNSへの投稿禁止」を希望される場合はスライドに「DO NOT POST」の掲示をお願い致します。なおポスターは3日間通して掲示が可能です。

— 日本病理学会 (@JSpathology) March 7, 2024

ただし、日本癌学会や日本病理学会は医学系学会の中では比較的研究色が強く、実際の臨床情報を扱う度合いが臨床系学会よりも少ないために、個人情報保護などの障壁が相対的に低いという特徴は有るように思われる。

日本臨床腫瘍学会

上記の2つの学会は学術集会全体での一括の許可という方式を採用していたが、日本臨床腫瘍学会(JSMO)はそこまではまだ進んでおらず、2024年2月の総会では広報渉外委員会企画のSNSセッションやそのほかいくつかの委員会企画に限定してスライド撮影とそのSNSアップロードを許可するというかたちを採用していた。学会が公式ハッシュタグをさかんに宣伝し、少しでも投稿を増やそうという取り組みもしていた。

SNS-WGシンポジウム、今回は特別に会長とJSMO学術企画委員会の許可を得ているので発表スライド写真撮影とTwitterへの投稿に関して認められているらしい!これは写真を撮ってTwitterに挙げろというフラグ!!#JSMO2024 pic.twitter.com/RbMnFoNkpf

— レ点🧬💉💊 (@m0370) February 22, 2024

ただし、一般公開どころか学会参加者へのオンデマンド

部分的公開の運用の難しさ

さて、学会のSNS運用の三大巨頭と言えば、ヤンデル先生を擁する日本病理学会、多数のインフルエンサーを抱えて圧倒的な親しみやすさでフォロワー数を獲得する日本耳鼻咽喉科学会、そして岸拓弥先生が先陣を切ってフロンティアを切り開いてきた日本循環器学会である。

日本循環器学会は2024年総会で部分的な撮影・SNS投稿解禁の方針へ

第88回日本循環器学会学術集会SNS広報対象演題における注意について | 一般社団法人 日本循環器学会
https://www.j-circ.or.jp/jcs2024snsproject/

演者からSNS利用を許諾されている演題(※一般演題・共催セミナー・症例報告以外)については学術集会参加者全員が許諾済みの発表スライドのみ写真撮影してSNS上で広報いただくことが可能です。

今回の学術集会 #24JCS
✅プログラム演題番号に★がついている演題は
✅参加者誰でも
✅スライド写真撮影して
#24JCS とコメントつけてX投稿
できます。★がない演題もスライド撮影なしのテキストだけならX投稿できます。

多くの人に知ってほしい内容をX投稿お願いします。

by 情報広報部会長

— 日本循環器学会 情報広報部会 (@JCIRC_IPR) March 7, 2024

日本循環器学会は今回は部分的なスライド撮影解禁という措置を打ち出していた。運用に際しては、オンライン抄録で撮影や投稿の許諾が得られている演題に★印を付けることで周知し、この印があれば撮影をしてSNSにアップロードすることができるというルールを採用した。

許諾が得られているSNS広報対象演題はオンライン抄録「JCS Abstracts」(アプリ)のセッション情報にて「★」を表示いたします。「★」表示のある許諾済の演題スライド写真を撮り、 #24JCS を付けてご自身のSNSアカウントで投稿をお願いします。

全演題に撮影・公開を義務づけることはそれに対して拒否的な会員に取っては発表をためらわせる可能性がある。発表内容によってはその演題を他学会に回し、応募数が減少するということにもつながりかねない。部分的な解禁というのは、公開しても良いという発表者の演題は撮影・公開を認めてもらいつつ、それが嫌な発表者には応じないというルートを残したという両取りの方法で、そういう需要に応えたということになる。

また、SNSアカウントでも「会員やSNS閲覧者が気持ちよく利用できるように」ということにもかなり細かな配慮がなされていた。この辺りはさすが岸拓弥先生といったところ。

#24JCS のX投稿で
❌★なし演題のスライド撮影
❌誹謗中傷
❌許可なく他人の顔が写っている写真投稿
❌症例関係演題など個人情報が特定できる投稿
❌著作権を意識しない投稿
は厳禁です。

皆さんの家族や担当患者さんが見て悲しい気持ちにならない投稿を本学会参加者はできます!

by 情報広報部会長

— 日本循環器学会 情報広報部会 (@JCIRC_IPR) March 7, 2024

ルールを周知できない、あるいは守ってもらえない問題

連日みていると、★のついていないセッションなのにスライドを撮影している方が散見されます

みていてあまり気持ちの良いものではないです
みなさんルールは守りましょう!#24JCS https://t.co/eu9lPdswKp

— Drぷー (@Dr_ppooohh) March 10, 2024

しかし、これだけの準備をしていても数万人が集まる大きな学会となると、実際には事務局の想定を逸脱したケースも存在したようである(数はそう多くはなく、ごく一部の問題だったのだろうと思うが・・・)

【御礼】
また #24JCS 投稿はしていない(現在確認中)ようですが、★なし演題スライドを撮影した人の情報が寄せられています。X活動とは全く別の違反行動ですが、来年以降全てのX活動ができなくなる可能性が出てきました。

基本的に学会スライドは撮影禁止です。お願いします。

by 情報広報部会長

— 日本循環器学会 情報広報部会 (@JCIRC_IPR) March 10, 2024

ルールを周知するというのは大変な労力を伴う問題で、抄録集の冒頭に参加者への案内を載せていても参加者のうちそういった説明ページまで細かく読んでくれる人はそう多くはない。抄録集を読まず、会場やSNSでのルール周知でも情報を伝えにくい層の人たちには会場で演題毎に直接掲示するという案も出てきそうだが、実際には学会運営会社であるコングレの協力を得るのが難しかったようだ。サブスクリーンが無い会場もあることから、サブスクリーンに掲示するという方法だけでは不十分になる。どうやって周知するかというのは難しい課題だ。

個人的には、各発表前に次の発表は撮影・投稿可なのか不可なのかをスライドで周知すれば改善しそうに思ったんじゃ。音楽フェスとかはアーティストごとにそういう周知がなされて大きな問題なく運用されてるんじゃ。今回の取り組みはルールの下で新規知見を広く伝えられる学会の大切な試みと思うんじゃ。 https://t.co/fdsOqTRQDu

— 循環器内科医のノブ【parody】 (@cardio_nobu) March 10, 2024

日本癌学会方式で全演題撮影可か、日循方式で一部演題のみ撮影可か、各々の長所短所があるところだが、一部のみ可はかえって混乱を招くのではという懸念がある。また、JSMOなどは海外参加者が3割いて非常に重要な割合を占めているが、海外は撮影可が当然だから彼らは一部撮影可ルールを理解してくれない。一部解禁に伴って複雑化する運用ルールを周知すること自体が、学会事務局にとって大きな負担になる。ましてや、違反者の監視や処罰などまで行うことを考えるのであればそれ専用のスタッフをおかなければ業務フローがまわらないだろう。

部分解禁は全面禁止あるいは全面解禁に比べると、運用に膨大なマンパワーを要するのである。

部分解禁は過渡期にある

今回の日本循環器学会の運用を見ていると、部分解禁というルール自体はまだもう少し時間をかけて参加者に方針を浸透させる必要がありそうに思えた。一方で、参加者が選択できるというスタイルはASCOのように有無を言わさぬ権利関係やESMOのような有耶無耶とは違って、参加者の希望に添った「やさしい運用方針」という理想型に最も近づける形かもしれない。情報公開による恩恵を受けながら、それに協力したくない人も置いてけぼりにしないという両取りができる。

そして、多くの学会がその領域での先陣である日本循環器学会の方針がどうなるのか、固唾をのんで注視しているのではないかと思う。

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更新日:2024-03-15 閲覧数:297 views.