ERBB2(HER2)遺伝子異常
がん遺伝子パネル検査などで検出されるERBB2(HER2)遺伝子異常と治療に関する個人的なメモです。がんゲノム/遺伝子別のERBB2(HER2)の項目を独立させたページで、随時追記しています。正確な内容になるよう注意はしていますが誤っている可能性や古い情報であることもあるので、常にご自身で正確かつ最新の情報で検証するようにしてください
ERBB2増幅
判定方法
ERBB2のコピー数増幅のカットオフ値は他の遺伝子と若干異なることが固形癌HER2病理ガイダンス2022年版に記載されている*1。2022年時点の情報では、FoundationOne CDxでは通常の遺伝子増幅のカットオフ値は2倍体の場合は6コピー以上で、3倍体・4倍体などの場合は腫瘍の倍数性+4コピー以上であるのに対して、ERBB2だけは2倍体の場合は5コピー以上で、3倍体・4倍体などの場合は腫瘍の倍数性+3コピー以上とされている*2。ERBB2の変異や増幅が検出された場合は組織でのHER2 IHCも確認を行っておくことを検討する。
増幅があってもHER2がIHCで陽性とならない場合も、HER2 IHCで強陽性でもERBB2増幅がないこともありえる。NCCNガイドラインでは、NGS検査でERBB2増幅がある場合はIHCまたはFISH/DISHでERBB2陽性を確認すべきと記載されている(2020/8)。また、KRAS活性化変異が併存している場合は抗HER2療法に対する耐性がある可能性が高いので注意する(大腸癌など多くの癌腫では抗HER2薬の臨床試験でKRAS変異陽性例は除外されている)。
ERBB2増幅に対する治療
2024年4月にDESTINY-PanTumor02*3・DESTINY-Lung01*4・DESTINY-CRC02*5などの結果から臓器横断的HER2(3+)の固形癌に対してトラスツズマブデルクステカン(T-DXd)がFDA承認を取得した*6。しかしこれはNGSでのamplification(増幅)に対する承認ではなく免疫組織化学染色での過剰発現(overexpression)に対する承認であることに注意する。全体(HER2 3+と2+FISH陽性)の奏効率は51.4%であったが、3+では60%を超えていたのに対して2+は27%前後と低く、臓器横断的承認はHER2(3+)のみとなっている。承認量は乳癌などと同じ5.4mg/kgである。
- トラスツズマブ、ラパチニブなど抗HER2薬は多々あるが、ERBB2増幅例に対するトラスツズマブ単独は基本的に推奨されない(ゲノムの増幅ではなく蛋白質レベル(免疫化学染色)でHER2強陽性の場合に保険適用外の自費診療で治療を行うかどうかは各施設の判断による)。なお、コピー数が極めて多い場合(およそ50倍以上)の場合はトラスツズマブの投与が検討されることもあるがエキスパートパネルの判断によることになる。
- トラスツズマブについてはバイオシミラーも発売されており保険外診療の場合にも経済的負担を抑えることができる。
- HER2陽性固形がんに二次治療で臓器横断的にトラスツズマブ+ペルツズマブを投与した第2a相MyPathway試験が実施されており、臓器別に発表されている。唾液腺癌(奏効率60%)*7、大腸癌(奏効率32%)*8、胆管癌(奏効率23%)*9など。なお、この大腸癌コホートのデータでもKRAS変異陽性大腸癌では抗HER2療法の奏効率が低いことが示されている(PFSでKRAS野生型5.3ヶ月 vs. KRAS変異型1.4ヶ月 )。
- トラスツズマブ+ペルツズマブの第2相JUPITER試験はコピー数8以上で対象となるが、募集が終了したとのこと(2020年8月)。
- Guardant360でもERBB2増幅が認められた場合はトラスツズマブデルクステカン(DS-8201a)に対する臓器横断的試験(HERALD試験)が実施されている*10(2021年1月時点の情報)。大腸癌では募集終了しているとのこと。また肉腫では参加できない??
ERBB2増幅肺癌
非小細胞肺癌のHER2増幅/過剰発現/変異(特にエクソン20)への標的治療に関するレビューが詳しい*11。
ERBB2増幅婦人科癌
婦人科癌に対するT-DM1の第2相、Ann Oncol 2019?
ERBB2増幅大腸癌
トラスツズマブ+ペルツズマブ、トラスツズマブ+ラパチニブが治療候補となる。大腸癌の場合はトラスツズマブ単独では効果が乏しいと考えられる。
ERBB2増幅胆道癌
比較的抗HER2抗体の有効性が高いと考えられている。なおHERALD試験では胆道癌は除外されている。
ERBB2発現膵癌(免疫染色)
DESTINY-PanTumor02はおおむね臓器を問わずHER2陽性固形癌に対してT-DXdが高い効果を示したが、膵癌に限ってはHER2(3+)で奏効率0%、全体でも4%と極めて効果が乏しい傾向にあり、特に最初の15例で奏効例が1例も出なかったために膵癌コホートの募集は途中で打ち切られ、最終的に25例のエントリーに止まっている*12。
HER2陽性膵癌に対するカペシタビン+トラスツズマブ併用療法は標準治療を上回るものではなく、HER2陽性膵癌は推奨されがたいとの報告がある*13。この報告の中での考察によると、膵癌では免疫染色のHER2陽性とNGSでのHER2増幅の相関率は乳癌・胃癌などと比べて低いと考えられている。
ERBB2活性化変異
ERBB2の活性化変異は増幅・過剰発現と明確に区別する必要がある。増幅と異なり活性化変異の場合はトラスツズマブをはじめとするモノクローナル抗体による抗HER2療法は一般にERBB2変異には効果が乏しいと考えられる一方で、HER2-TKIは一定の有効性があると考えられている。ただし、ERBB familyの下流にあるRAS-RAF経路などに活性化変異がある場合はHER2-TKIの有効性も期待しにくい。
トラスツズマブデルクステカン(T-DXd)
非小細胞肺癌では第2相試験でERBB2活性化変異に対するT-DXdの有効性が確認され、ESMO2021で報告されNEJMにも掲載された*14。
全臓器では臓器横断的にERBB2活性化変異を標的とした第2相DESTINY-Pantumor01試験が実施され、奏効率は29.4%であった*15。
治療標的となるERBB2活性化変異
DESTINY-Pantumor01試験などERBB2の活性化変異を対象にしたトラスツズマブデルクステカンの臨床試験では以下の変異を治療対象の活性化変異と定義している。
- S310F
- S310Y
- G660D
- R678Q
- D769Y
- D769H
- V777L
- Y772_A775dup または A775_G776insYVMA
- L755S
- G778_P780dup または P780_Y781insGSP
- T862A
- V842I
A775_G776insYVMAはERBB2 exon20 insertion mutationとしてもっとも高頻度に見られる活性化変異の1つであり*16、ピロチニブやパトリツマブデルクステカンなどの治療標的候補とも考えられている。DESTINY-Pantumor01試験では、Transmembrane of juxtamembrane domainに属するG660D・R678Qでは奏効率がきわだって低く、活性化変異の中でも部位によって奏効率に差があることが示唆される。
上記の他にも希少な活性化変異が多数存在することが知られている。たとえばERBB2 V659E*17*18などは治療標的となる活性化変異となる可能性がある。
どのようなERBB2活性化変異が見られるかは臓器毎に異なり、それに関するレビューが掲載されている*19。また一口にERBB2活性化変異と言っても、下図*20のように乳癌ではトラスツズマブやラパチニブなどに対して耐性を示すものもあれば感受性を示すものもあり、それぞれの違いに応じた治療を考慮する必要がある。
V597M、P593R、早期終止(Q213)
V597M、P593Rはトラスツズマブの結合部位の変異でトラスツズマブやT-DXdの耐性変異として知られている。これらの変化によってHER2への結合が弱まり、結果として内在化が落ちて薬効が下がる。これらの変異(特にV597M)では免疫組織化学染色上の病理学的評価ではHER2発現が低下しない(HER2強発現である)にもかかわらず薬効が落ちるという問題が生じる。この場合、T-DXdに代わってTROP-DXdなど別のモダリティでペイロードを届けると有効性を維持できるという現象が生じうる*21。
Q213などの早期終止(truncating)があるとHER2タンパク/膜発現が成立しにくくなり、T-DXdの結合と内在化が成立しなくなる。
ゾンゲルチニブ
オンコマインDxTTをコンパニオン検査としたERBB2活性化変異陽性の非小細胞肺癌でゾンゲルチニブの有効性が示され、2025年8月に米国FDA承認を受けている*22。
その他のERBB2変異を標的とした治療
ラパチニブ・アファチニブ*23などのHER2-TKIの方が奏効の報告あり。ERBB2およびERBB3に対してネラチニブの投与を行ったSUMMIT試験がすでに報告されている*24が、ネラチニブは本邦未承認。
一般的に抗HER2療法は、抗EGFR療法と同じように、ERBB2下流のKRASやBRAFに活性化変異があると治療抵抗性となる(ERBB2を阻害しシグナルを遮断しても下流のRAS・RAFから勝手にシグナルが出るため)。しかし、T-DXd(トラスツズマブデルクステカン)などのADCはシグナル遮断ではなくドラッグデリバリーにHER2蛋白質を利用しているだけなので下流シグナルの活性化と関係なく治療効果を発揮することができ、KRASなどの活性化変異によっても治療効果が落ちにくいと考えられている。
ERBB2変異非小細胞肺癌に対してピロチニブ(パイロチニブ pyrotinib)が有望視されている。サーモフィッシャー社のコンパニオン診断薬が開発されている*25。
生殖細胞系列ERBB2 G660D変異
岡山大学のグループからERBB2 G660D変異は非常に稀ながら生殖細胞系列変異があり遺伝性腫瘍の形態を取るという報告があり*26、これに対してアファチニブが有効であったとされている。
ERBB2 exon20挿入変異
ERBB2とEGFRのexon20に挿入欠失変異などがある場合はこのEGFRとERBB2が病的ダイマーを形成し機能異常を来すため、これに対する特異的阻害剤ポジオチニブの有効性が報告されている*27。国内でも一部の臓器を対象とした治験が実施されている*28*29。2021/10
関連ページ
ほかの遺伝子についてはがんゲノム/遺伝子別を参照。
*1 https://www.pathology.or.jp/news/20231218_guidance20221228.pdf
*2 ./?0bde35867f#t00e4549
*3 JCO 2023 https://ascopubs.org/doi/full/10.1200/JCO.23.02005
*4 Lancet Oncol 2024 https://www.thelancet.com/journals/lanonc/article/PIIS1470-2045(24)00064-0/abstract
*5 JCO 2023 https://ascopubs.org/doi/10.1200/JCO.2023.41.16_suppl.3501
*6 https://www.fda.gov/drugs/resources-information-approved-drugs/fda-grants-accelerated-approval-fam-trastuzumab-deruxtecan-nxki-unresectable-or-metastatic-her2
*7 https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0923753419417249
*8 https://www.thelancet.com/journals/lanonc/article/PIIS1470-2045(18)30904-5/fulltext
*9 https://www.thelancet.com/journals/lanonc/article/PIIS1470-2045(21)00336-3/fulltext
*10 https://www.clinicaltrials.jp/cti-user/trial/ShowDirect.jsp?japicId=JapicCTI-194707&language=ja
*11 JCOPO 2020 https://ascopubs.org/doi/pdf/10.1200/PO.19.00333
*12 JCO 2023 https://ascopubs.org/doi/full/10.1200/JCO.23.02005
*13 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22374460/
*14 NEJM 2021 https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2112431
*15 Lancet Oncol 2024 https://www.thelancet.com/journals/lanonc/article/PIIS1470-2045(24)00140-2/abstract
*16 Front Oncol 2020 https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fonc.2020.01162/full
*17 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29146616/
*18 https://ascopubs.org/doi/full/10.1200/PO.20.00114
*19 J Mol Diagn 2015. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6136063/
*20 J Oncol https://www.hindawi.com/journals/jo/2020/6375956/
*21 cancer discov 2025 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41212147/
*22 NEJM 2025 https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2503704
*23 第2相ETOP試験。J Thorac Oncol 2019 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30825613/
*24 Nature 2018 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29420467/
*25 https://www.precisiononcologynews.com/molecular-diagnostics/thermo-fisher-scientific-hengrui-therapeutics-ink-cdx-deal-pyrotinib-her2
*26 J Natl Cancer Inst 2014 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24317180/
*27 JCO 2021 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34550757/
*28 https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT03318939
*29 https://www.ncc.go.jp/jp/ncce/division/clinical_trial/ctas/patient/list/lung/130.html
更新日:2026-11-06 閲覧数:6 views.
