reversion変異
reversion変異(復帰変異)とは
主に薬剤の奏効因子となる遺伝子変異(PARP阻害剤に対応するBRCA機能欠失など)に対して、さらに二次変異が生じてその機能を回復し、それによって治療薬耐性を生じることなどをreversion変異と呼びます。復帰変異とも呼ばれます。
BRCA関連腫瘍に対するPARP阻害剤の耐性
父母から受け継いだ2つのBRCAの片方に変異を持った状態(heterozygous)では、乳癌や卵巣癌、膵癌、前立腺癌などを高頻度に発症し、この遺伝子異常を持ち家族性腫瘍を示す病態を遺伝性乳癌卵巣癌症候群(HBOC)と呼びます。HBOC由来の発癌には合成致死の原理を利用するPARP阻害剤による治療が著効することが知られており、すでに保険承認もされています。
合成致死(synthetic lethality)は単一の遺伝子異常では細胞を障害しないが2つの遺伝子の機能を同時に抑制すると細胞死に至らせることです。2本鎖DNA損傷の修復に重要であるBRCAとDNA修復を活性化させるPARPを同時に抑制すると細胞死に至るという合成致死は、BRCA関連腫瘍に対するPARP阻害剤の有効性に関与しています。しかし、高い有効性を示すBRCA関連腫瘍へのPARP阻害剤療法にも薬剤耐性獲得の問題があり、BRCAのreversionはその1つとして知られているのです。
この耐性機序は治療標的遺伝子・分子標的治療薬・耐性機序が明確に結びついているために世界中からの関心は高く、JCO precision oncologyでも関連記事が集められていました。
https://ascopubs.org/po/brca-reversions
PARP阻害剤感受性を喪失させるreversionの例
CAPAN1は実験室の培養皿の中で飼育することができる細胞株です。この細胞株はBRCA2のc.6174delT(frameshift)という1延期欠失変異を持ち、またこれによりPARP阻害剤に対して非常に高い感受性を持ちます(=つまりPARP阻害剤がよく効く)。
上図はBRCA2の遺伝子構造を示したもので、最上段の「WT BRCA2」がwild type、つまり異常のない本来のBRCA2の構造ですが、上から2番目のCAPAN1細胞株では6174番目の塩基のTが欠失(deletion)しているためにコドンの読み枠open reading frame(ORF)がずれて2002番目のコドンに(frameshift)ストップコドンが生じてしまい、これより後ろのDNAは読み取れないため尻切れトンボのような異常タンパク質しか作られません。つまりCAPAN1細胞ではBRCA2が機能不全を起こしているのです。
実験室でこれらに細胞株が即死しない程度のPARP阻害剤に長期間曝すというような特殊な処理をしてPARP阻害剤を獲得させたところ、上から3番目から6番目までの様々な新しい変異を生じたBRCA2を持つ細胞が生まれてきました。たとえば一番下のPIR12という系統の細胞は1918コドンから2072コドンまでの間の153個のコドンがすっぽりと抜け落ちた変異BRCA2を持っています。この抜け落ちた範囲に2002番目のストップコドンが入っているので結果的にDNAの読み取りがストップされなくなり、尻切れトンボだった不活化BRCA2は(途中の一部のコドンが抜けているので不完全ながらも)一部BRCA2の機能を回復させることができます。耐性細胞株ではc.6174delTを含む領域に再変異が見られており、しかもその変異はいずれもORFを回復させるような変異だったのでした。このBRCA2のORFを回復させる再変異(reversion)が部分的にもBRCA2の機能を回復させたとなると、PARP阻害剤に対する耐性が出現することになります。reversion変異がPARP阻害剤に対応することが示されたのです。
ご存知のようにアミノ酸はDNA上で3つの塩基に対応してコーディングされています。3の倍数個の塩基が抜け落ちるまたは挿入される場合に比べて、frameshift deletion変異では1つまたはそれ以上の"3の倍数ではない数"の塩基がDNA上から欠失し、これにより3塩基づつのコードがずれてしまうことにより全く違ったアミノ酸が読み出されてしまうことになり、大きな影響をもたらします。1つのアミノ酸が抜け落ちるだけの3塩基欠失するよりも、その変異よりも下流の全てのアミノ酸が別物になってしまうたった1塩基の欠失の方が遺伝子にとってはずっと重大なDNA損傷ということです(もちろん3塩基でもストップコドンが打ち出されるなど致命的な変異はあり得ますが、1塩基変異によるframeshiftより発生頻度は少ない)。
1塩基欠失(frameshift deletion)を生じてBRCA機能を失っていたところにreversionにより"3の倍数-1"塩基がさらに欠失すると、その部分で数個のアミノ酸が欠失したとしても、その下流の何千というアミノ酸は再び(ほとんど)正しくコーディングされた状態に回復し、同時にPARP阻害剤の感受性は消失してしまうのです。1つめの変異で失われた機能が2つめの変異により偶然機能回復する、これをreversion変異や復帰変異と言っているわけです。Nature 2008 1111-1115
PARP阻害剤耐性を示した症例報告の具体的なreversion変異
この症例報告の例を見てみましょう。BRCA2にV1283fs*2 (c.3847_3848delGT)という生殖細胞系列変異を生じています。3塩基で1つのアミノ酸をコードしているので1283番目のアミノ酸は1283x3=3849なので3847〜3849の3塩基が1283番目のアミノ酸をコードしています。3847番目のGと3848番目のTという2塩基が欠失(deletion)して、結果として1283番目のV(バリン)に2塩基のframeshiftが起こっているということです。
3塩基で1アミノ酸をコードしているので、3847番目付近で2塩基が抜け落ちてしまうと3848番目以降の3塩基づつのreading frameは全てズレてしまい、1283番目のバリンがあったはずのところ以降はまったく別のタンパク質がコードされていることになってしまいます。この患者は先天的にBRCA2がheterozygousに異常を持った患者ということになりますので、PARP阻害剤がよく効くはずです。
しかし、9ヶ月という長期にわたるPARP阻害療法を受けたのちにPARP阻害剤が効かなくなり骨などに新規の転移病変が出現しました。この時点で再度実施した胸膜生検からの網羅的遺伝子検査(FoundationOne)ではD1280_N1288del (c.3838_3864del27)という新規の変異を検出したのです。
3838番目から3864番目のまでの27塩基、コドンで言えば1280番目から1288番目までの9アミノ酸を欠失させるdeletionです(1280x3=3840、1288x3=3864です)。その位置に着目してみると3847・3848番目というこの患者が持っていた生殖細胞系列変異は3838〜3864番目の領域にすっぽり入ってしまうことがわかります。しかもこの新規のdeletionの塩基数は27と、ちょうど3の倍数であるから1289番目以降のBRCA2タンパク質の構造は保たれることになります。
27塩基が抜け落ちるとは言え、およそ85000塩基あるBRCA2の大部分(つまり1289番目のアミノ酸以降の全て)の構造は保たれることになりますから、生殖細胞系列でほとんど失活していたBRCA2の機能はかなり回復することになるし、同時にPARP阻害剤は効果を示さなくなるというわけです。Clin Breast Cancer 2018 184-188
プラチナ耐性BRCA関連腫瘍でもreversionが見られる
白金製剤はBRCA関連腫瘍に対してPARP阻害剤と似た有効性を示すことが知られています。一方でBRCA関連腫瘍の白金製剤耐性でもこのBRCA reversionが起こっているという考察もあるのです。卵巣癌に対するオラパリブ療法はプラチナ感受性であることが重要とされていますが、これはプラチナ耐性卵巣癌ではPARP阻害剤の有効性が期待しにくいからであり、その背景にはプラチナ耐性を生じた腫瘍ではBRCA reversionが存在している可能性があると考えられます。そして逆に、このBRCA1/2のreveresion変異が生じる場合はPARP阻害剤耐性だけでなくプラチナ耐性も獲得させるのです。
プラチナ耐性で生じたreversionの例
実際の卵巣癌で起こったプラチナ耐性化でreversion変異が確認された例です。(A)のgermlineでは、2本鎖のうち1本に5193delCが見られていました(heterozygous germline BRCA2 5193delC)。(B)の卵巣癌病巣では異常のないBRCA2アレルが失われて5193delCの1本のみが残っています。この状態では1塩基のdeletionが見られるのでframeshiftが起こり、BRCA2は機能不全の状態になるので、PARP阻害剤が有効です。しかし(C)の再燃した卵巣癌病巣では5193delCに加えて5177insAの変異が起こっています。1塩基deletionの前に1塩基insertionが起こっているのでコドンのreading frameが復元されてBRCA2は機能を回復し、PARP阻害剤は有効性を失います。
Cancer Res 2008.10021- Cancer 2003. 2187-2195 Nat Rev Cancer 2007.573-584 Cell cycle 2008. 1353-1356
プラチナ耐性でもPARP阻害剤が有効との報告も
前述のようにプラチナ耐性卵巣癌ではPARP阻害剤にも耐性が生じている頻度が高いのですが、germlineにBRCA変異がなくプラチナ耐性を生じていてもオラパリブが有効性を示したという報告もASCO2019で出てきました。BRCA以外にHRDに関わる遺伝子は多数あり、またプラチナの耐性機序にも様々なものが考えられるので、germlineにBRCA変異を持たず、あるいはプラチナ耐性である卵巣癌であってもPARP阻害剤が有効性を示すサブグループがあるものと推測され、今後の知見の蓄積が期待されます。(2019.11.19追記)
RUCAPANC試験で見られたルカパリブ耐性症例のBRCA reversion変異
切除不能膵癌の薬物療法の治療成績は伸び悩んでおり、相対的に奏効率が伸びやすい一次治療ですらFOLFIRINOXの奏効率は32%、GEM/nabPTXの奏効率は23%にとどまります。二次治療では日本では未承認の5FU/nanoliposomalIRIが7.7%と惨憺たる成績です。それに対してPARP阻害剤は、BRCA変異膵癌に限るという条件付きですが、いずれも目覚ましい治療成績を挙げています。RUCAPANC試験では奏効率15.8%だが19例中2例がCRに到達しました。
RUCAPANC試験ではルカパリブが高い有効性を示しましたが、CRまたはPRを示した症例では前治療はすべてGEMベースで、プラチナ前治療歴を含むものは1例もありませんでした。逆に無効症例について検討してみますと、RUCAPANCで見られた2例の無効症例で BRCA reversion(germline frameshiftに加えてopen reading frameをrestoreするsomatic mutationが生じている)が見られていたわけですが、その2例の治療歴を見てみると前治療にプラチナを含んでいました。
PARP阻害剤がよく効く素因を持っていてもプラチナ前治療歴があるかどうかがその効果に強く関連していそうです。オラパリブをはじめとするPARP阻害剤は、プラチナ耐性を獲得する前に使用することが重要と言えそうです。
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更新日:2020-05-05 閲覧数:5904 views.