腫瘍学の記述における敬意的表現

がん診療における表現や言葉遣いと敬意的表現
がん診療に携わる医療従事者は、患者・家族・同僚に対して常に敬意を持って診療と研究にあたることを重要と考えているはずですが、時代に合わなくなった言い回しや表現の簡略化、あるいは認識不足のせいでかならずしも腫瘍学における言葉の言い回しはそのような敬意あるものとはなっていません。
そこで、ASCO(米国臨床腫瘍学会)は2019年頃から少しずつその表現を改めて患者・家族・介助者や支援者そして医療従事者の誰にとってもその立場や職責に対して敬意をもった表現ができるようにという考えで、いくつかの言葉遣いのパターンを提唱し始めました。
この内容はA4 1枚の用紙に要点がまとめられて掲載されています。日本語の表現にそのままあてはまるものではありませんが、参考になる点が多いのでその内容を見てみましょう。
The Language of Respect
患者と家族に対する敬意的表現
まず、患者と家族に対して敬意を示すためには以下のポイントに注意する必要があります。
患者を非難しない
患者が治療に失敗するのではなく、治療が患者を失敗させていることを把握する必要があります。したがって、下記のように表現を修正してみることが提案されています。
- 「6人の患者が治療薬に反応しなかった」という表現ではなく、「治療薬が6人の患者に奏効しなかった」「治療薬が奏効しなかった腫瘍が6人の患者にあった」と言い換えます。
- 「XX人がスクリーニングに失敗した」という表現ではなく、「XX人が試験に適格ではなかった」と表現するべきです。
患者の役割を尊重する
医師が患者を管理するのではなく、医師が病気や治療法を管理するという意識を持つべきです。
- 患者について言及する際は、英語では「治療する(treat)」という単語を使います。例:「6人の患者の治療のために試験薬が使用された(the experimental drug was used to treat six patients.)」。
- 病気・疾患について言及する場合は、「管理する(manage)」という言葉を使用します。例:「脳転移の管理のためにステロイドが使用された(steroids were used to manage brain metastases.)」。
患者の人間性を奪わない
患者を指す際に、病気や状態を単独で使わず、疾患や病態の形容詞形だけを使って人を指すべきではありません。患者を病気と同一視するような表現も使うべきではありません。
- 「糖尿病を12人含む」という表現ではなく、「12人の糖尿病患者が含まれる」と言い換えます。
- 「EGFR変異陽性腫瘍が250人含まれた」ではなく、「EGFR遺伝子変異腫瘍を有する患者250人が含まれた」のほうが適切です。
- 「12人の患者が増悪し」は問題外で、「12人の患者で腫瘍が増悪し」とすべきです。
同僚となる医療従事者に対する敬意的表現
同僚となる医療従事者に対しても敬意を示す表現とするためには以下のポイントに留意する必要がありますが、この部分は日本ではちょっと米国と同じようにはあてはまらない気もします。
- 患者や擁護者を含む全ての座長、教員、発表者、パネリストが博士号を持つ場合は、「Dr. Full Name」または「Dr. Last Name」として紹介し挨拶するべきであるのに対して、その他の議長、教員、発表者、パネリスト(患者や擁護者を含む)については、「Mr./Ms. Full Name」または「Mr./Ms. Last Name」とするべきとなっているようです。
- 呼びかけの相手が知り合いであるかどうかに関わらず、全ての参加者が一貫した挨拶を行うことが重要です。知り合いだからといって砕けた呼び方をするのは、会合が終了した後の懇親会ならまだしも、正式なセッションでは不適切です。
後半の部分は、日本ではこのあたりは肩書きや博士号の有無と関係なく困ったら全て「○○先生」で通用してしまうので、あまり意識する必要はありませんね。
しかし、まだまだ医学用語やこの業界特有の言い回しが、まだ患者を被験者としか見なしていなかった時代の名残を意図せず含んでしまっていることはしばしばあります。少しずつこういうところも意識を改めてゆく必要がありそうです。
この記事に対するコメント
このページには、まだコメントはありません。
更新日:2023-06-25 閲覧数:702 views.