ASCO2020 KEYNOTE-177 感想まとめ
#ASCO20の演題のうちJCOG0603に関する記事をアップしたところでやめておけばよかったのに、次は性懲りもなくKEYNOTE-177の方にも手を伸ばしてしまいました。いろいろと見る人によって解釈が分かれるJCOG0603と違ってKEYNOTE-177はおおむね当初の予想どおりのポジティブ試験で、JCOG0603ほどTwitterで野次馬たちの意見がばらけることはなかったのですが、このページではASCO2020で発表されたKEYNOTE-177についてTwitterで拾った声をまとめています。
なお、ぼくはASCO2020に直接参加していたわけではなくほとんどTwitter越しに情報収集していたので解釈にはTLによるバイアスがかなり入っています。内容には誤解や思い込みも入っていると思われますので、このページに書かれていることの情報の取り扱いは自己責任で慎重に行ってください。
KEYNOTE-177とは
この試験は日本語では「MSI-High又はMMR欠損の結腸・直腸癌(IV期)を対象としたMK-3475と標準化学療法を比較する第III相試験」となっています。
オープンラベルでMSI-H/dMMR大腸癌の一次治療をペムブロリズマブと標準治療に分けて行い、そのPFSとOSを比較します。標準治療群はFOLFOXかFOLFIRIをベースとしてベバシズマブかセツキシマブを上乗せすることができ、したがって現在の各国のガイドラインで一次治療に挙げられているものを概ねどれでも選択可能になっています(FOLFOXIRIやカペシタビンレジメンは不可)。他のKEYNOTE試験がそうであったように複数の主要評価項目にアルファを分割するデザインで、本試験はPFSとOSは両方ともが主要評価項目に設定されています。
KEYNOTE-164とKEYNOTE-158
MSI-H/dMMR大腸癌は大腸癌全体の5%程度しかいないため患者数がそれほど多いわけではないのですが、しかし明確なバイオマーカーがあり、それに対応する治療薬が実用化されているという点で、個別化医療の重要な治療ターゲットになります。
ASCO2015で発表されたKEYNOTE-164が124例のMSI-H/dMMR大腸癌に対するペムブロリズマブの単群第2相試験として実施されており、これと大腸癌以外のMSI-H/dMMR固形がんを対象としたKEYNOTE-158の結果をもとに日本でも諸外国でもMSI-H固形がんに対するペムブロリズマブが臓器横断的に承認されていました。治療成績が非常に優れていたために臓器を問わずペムブロリズマブが承認されるという結果にはなっていたものの、根拠となっていた試験はKEYNOTE-164もKEYNOTE-158も対照群を設定しないペムブロリズマブ単群試験ですし、主要評価項目もOSやPFSではなくORRだった第2相試験でした。
今回発表されたKEYNOTE-177は対象臓器が大腸癌ということで臓器横断的ではありませんが、日本を含む23か国の全世界の規模で、KEYNOTE-164に対して向けられていた「単群・第2相・評価項目」という疑問をまとめて解決することができる、OSとPFSを主要評価項目とした無作為化比較・第3相試験でした。
Practice-Changing KEYNOTE-177 Results Support First-Line Pembrolizumab Monotherapy for MSI-H mCRC https://t.co/ef7B8B4ibg #ASCO2020
— Hamid (@hsaadati20) June 1, 2020
今回のASCO2020での発表
I feel honored and blessed to be part of this project. IO changing the lives of patients with #mCRC. Keynote-177 #ASCO20 @Merck pic.twitter.com/GmlCETmKIS
— Gustavo V. Alves, MD (@gustavovalves) June 1, 2020
今回のASCOで発表された結果のうちPFSについて見てみると、8.2→16.5ヶ月と倍増しています。12カ月PFS率は37→55%、24ヶ月PFS率は19→48%と大きな改善がありました。HRは0.60。12ヶ月から24ヶ月までで7%しか落ちていないというロングテールはさすがです。24ヶ月以上のresponse durationは83%でこれまた素晴らしい成績でした。
OSは現時点ではデータがmatureになるのを待つ段階です。長期生存例が多くなることが予想されるので、かなり気長に待つ必要がありそう。
Trying to explain the decreased association between DFS and OS in JCOG0603#CRCSM #ASCO20 pic.twitter.com/GpvAqy4CRI
— Mark Lewis (@marklewismd) May 30, 2020
I’m usually a hard-liner-“gotta see the OS data” but tox & PFS here are compelling. Some of these pts may NEVER need chemo after CPI. Some don’t benefit from chemo and risk not seeing 2nd line pembro. 1st line pembro is a reasonable choice for MSI-H/MMR-D mCRC. #crcsm #ASCO2020
— Kelsey Klute😷 (@DrKelseyKlute) May 31, 2020
このツイートで言及されているように、長期奏効が得られる患者は生涯にわたって化学療法(細胞障害薬)を必要としない可能性すら出てきます。末梢神経障害や二次性発癌、不妊症などの晩期毒性のリスクがある化学療法を受けることなく過ごすことができるようになれば、患者にとってのQOLが大幅に改善し、「化学療法より前に免疫療法」の意義は非常に大きいものになります。
ネット上の反応
早期PD率の多さ
And understand why 55% of pts "drop" in the first 4-6months.. this biomarkers seems still suboptimal and cannot predict accelerated PD, detrimental for patients.
— Dario Trapani (@darioT_) May 29, 2020
High progressive rate in pembrolizumab subgroup..how to select those hyper-progressors? #ASCO20 #ASCO #ASCO2020 #cancer #keynote177 pic.twitter.com/xlLKft1UWo
— Tarek Assi (@Tarek_Assi1986) May 31, 2020
これは本試験に限ったことではないのですが、免疫チェックポイント阻害剤は奏効例で長期の有効性を示す一方で、効かない症例にはさっぱり効かないという傾向があります。今回も全体としてはPFSもOSも良い成績を示していますが、PFS曲線を見るとペムブロリズマブ群の最初の2-3ヶ月までの落ち込みが大きくなっています。最良効果判定がPDだった患者の割合は標準治療群が12.3%だったのに対してペムブロリズマブ群は29.4%もありました。
3ヶ月で3割という落ち込みはBSCと同じくらい、つまりペムブロリズマブの効果が全く得られない患者層が一定割合いるということですから、この患者層をどうやって拾い上げるかという問題がついて回ります。
RASステータスによる乖離
amazing results! anti-PD1 monotherapy standard of care for this group of patients with advanced colorectal cancer. Still 30% progress. Additional biomarkers needed. I see a strong interation with KRAS/NRAS mutational status #ASCO20 @OncoAlert pic.twitter.com/9v0pov1AHU
— Aleix Prat (@prat_aleix) May 31, 2020
これは偶然なのか何か理由があるのか、まだはっきりわかりません。フォレストプロットに示されているように、KRAS/NRASが野生型か変異型かで結果が大きく分かれました。野生型ではHRが0.44とペムブロリズマブ群が非常に良い成績だった一方で、変異型群ではHR 1.19で有意差無しとの結果でした。
LBA4 MSI-H/MMR 大腸がんのペンブロvsケモ、全体としてポジティブかつ後半の差がすごい。サブグループ解析でRAS変異ありではよくないのが興味深い。大腸がんではRASは徹底的に予後不良因子。
— じなん (@MTCOSB) May 31, 2020
RASの細かい変異の違いで予後の違いがあったらすごい面白いんだけどな。#ASCO20 https://t.co/Ltm8yyfGI5
KEYNOTE-164までではRASがそれほど強い奏効予測因子として見られていなかったと思われますので、この結果には意外な印象を受けました。
PS不良例への効果はどうか
#ASCO20 Excellent discussion from prof. Overman on practice-changing results of #Keynote 177, raised questions & next steps #Oncoalert pic.twitter.com/M1c0a2FzdI
— pvukovic (@VukovicPetra) May 31, 2020
本発表のスライドの中で言及されていたものとして、ダブレット+mabという治療に耐えられないPS不良例にペムブロリズマブが何らかの救済手段となり得るということが触れられています。
もともと現在のNCCNガイドライン(2020.3)*1でもMSI-H/dMMRだがvulnerableな症例には一次治療からペムブロリズマブまたはニボルマブを推奨するという記載になっていますが、これに関しては(臨床試験的に科学的な意味での)エビデンスはありません。したがって、これについては小規模であっても高齢者を対象にした試験を見てみるなど別の検討が必要になるんじゃないかと思います。
大腸癌以外のMSI-H/dMMR固形がん
また本発表のスライドで触れられていた別の課題として、今回は大腸癌限定であったが他のMSI-H/dMMR固形がんはどうなのかという問題があります。ちょうど二次治療の第2相試験ではKEYNOTE-164とKEYNOTE-158が大腸癌と大腸癌以外で双子の関係になっていたように、KEYNOTE-177に対応する大腸癌以外のMSI-H/dMMR固形がんに関してはどう治療すれば良いのかという問題です。
ただ、KEYNOTE-177の臓器横断的バージョン第3相試験となると対照群の治療を何にするかという問題がありますね(第2相試験のKEYNOTE-158は単群試験で、対照群アームの治療を考える必要がなかったので…)。
より早い段階でのMSI検査
これは米国よりも日本でより顕著な課題ですが、MSI判定検査が(建前上は)標準治療が終わる段階まで実施できない、建前でなくても少なくとも一次治療を決める段階では保健診療として検査を行うことができません。海外のガイドラインでは治癒切除が行われたII期やIII期の大腸癌でもMSIステータスによって術後化学療法を使い分けることを推奨するものもありますが、日本でもより早い段階でMSIを評価して治療に役立てられるようになることへの期待があります。
なお、MSI検査とは異なりますが今回のASCOではHER2発現陽性大腸癌に対するトラスツズマブデルクステカンの演題(第2相DESTINY-CRC01試験'')もありました。奏効率45.3%、PFS 6.9ヶ月とKEYNOTE-164をしのぐレベルの良い成績を出しています。HER2も大腸癌で測定すべき重要なバイオマーカーになってくるものと思われます。
対照群の治療成績
Phase III KEYNOTE-177 study, Plenary #ASCO20 #CRCSM
— Medhavi Gupta (@medhavigupta09) May 31, 2020
1:1 Pembro vs. SOC chemo (+/- biologic) as 1st-line Rx in MSI-H/dMMR mCRC
⬆️PFS 16.5 mo vs 8.2 mo, HR 0.6
⬆️ORR 44% vs. 33%
⬇️Gr 3-5 TRAEs
✳️Practice changing for front-line mCRC MSI-High pts pic.twitter.com/csKi356bHD
対照群のORR 33%でPFS 8.2ヶ月というのは少し既報より低い数字でないかという印象を抱く値です。
PFSは8〜10ヶ月ヶ月程度の試験も数多くあるので際立って低い数字ではありませんが*2、FOLFOX+bevとFOLFIRI+bevを比較したWJOG4407G試験のPFSは12ヶ月を超えています。
奏効率は、一例としてベバシズマブはNO16966試験は47-49%、セツキシマブのCRYSTAL試験はKRAS野生型群で59%でした。一次治療でFOLFOXまたはFOLFIRIをベースとしてベバシズマブかセツキシマブを上乗せした場合の奏効率は5割前後と言われており、今回のKEYNOTE-177試験での対照群33%というのは少し低い印象です。
対照群の成績が(たとえばNO16966試験やCRYSTAL試験程度に)良かったとしてもこのKEYNOTE-177の試験結果がネガティブ試験に転じることは無くPFSもOSも大きな差はついたと思いますが、しかしペムブロリズマブ群と化学療法群のクロスはもう少し後ろの方に来て、クロス自体の大きさも大きく幅があるものになり、ここまで手放しで圧倒的な差に感嘆する雰囲気にはならなかったのではないかと思われます。
クロスオーバー率の低さ
KEYNOTE-177: Only 59% of patients in chemo arm received subsequent immunotherapy. Which seems problematic. #ASCO20
— Ryan Huey, MD (@ryanhuey) May 31, 2020
クロスオーバーが多すぎるとPFSで差がついてもOSで差が付かず臨床試験を立案する側の人から見れば大きな問題になりますが、今回対照群に入った人はMSI-Hであるにも関わらず後治療でICIを受けているのが59%に過ぎないそうです。すでに二次治療以降でICIを入れるのは標準治療と言えますから、これは低すぎるような印象もあります。
余談ですが、、
After ~15 years of an increasingly stale marriage to fluoropyrimidines and the ice queen oxaliplatin, GI oncologists have a wandering eye for the new hotness of IO in mCRC after KEYNOTE-177#crcsm#ASCO20 pic.twitter.com/CAzDD5NIM3
— Mark Lewis (@marklewismd) May 31, 2020
中にはこんな画像も。消化器腫瘍内科医は、それまで15年も一途に連れ添ったFOLFOXが隣にいるというのに、ペムブロリズマブという若くてマブい女と出会ってしまって、にわかに浮足立っている、というものです。。。
今後への期待
KEYNOTE-177の結果を見るとMSI-H大腸癌のケモコンボはどうなのかとかイピニボ(CHECKMATE-8HW待ち)も気になるけど、MSI-H大腸癌の術後ICIもどうなるんだろうな。もともとMSI-Hは再発が少なく術後療法は省略されることもあるけど、手術時にMSI-Hが測れるようになると治療が変わるだろうか。#ASCO20
— レ点.bot💉💊🧬 (@m0370) June 1, 2020
非常に良い成績ではありますが、MSI-H限定の大腸癌に対する一次治療としては抗PD-1抗体と抗CTLA-4抗体の免疫チェックポイント阻害剤併用療法に比べてやや物足りない値という声もあります。
ESMO2018で発表された二次治療のCHECKMATE-142*3の低用量イピリムマブ +ニボルマブは有力候補です。こちらは12ヶ月PFSが77%で12ヶ月OSは83%で今回のKEYNOTE-177を上回る成績です。すでにMSI-H大腸癌に対しては2019年11月にイピリムマブ+ニボルマブの承認申請がなされています*4。第3相試験CHECKMATE-8HW*5が進行中です。
また頭頸部癌(KEYNOTE-048*6)や肺癌(KEYNOTE-021、KEYNOTE-189、KEYNOTE-407など)で示されているようにペムブロリズマブを従来の細胞障害薬と併用する治療(いわゆるケモコンボ)も今後当然開発されてくるでしょうし、そうなるとペムブロリズマブ群の早期PD率の高さという問題も解決されることが期待されます。
今後さらに治療開発が進んでペムブロリズマブ単独療法にこれらの治療がとってかわってくることを考えると、今回のKEYNOTE-177試験も長い治療開発の過渡期の1つに過ぎないと言えるかもしれません。
この記事に対するコメント
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*1 https://www.nccn.org/professionals/physician_gls/default.aspx#colon
*2 https://www.gi-cancer.net/gi/gi-pedia/vol01/page03.html
*3 https://report.gi-cancer.net/esmo2018/LBA18.html
*4 https://www.ono.co.jp/jpnw/PDF/n19_1112_1.pdf
*5 https://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT04008030
*6 https://www.msdconnect.jp/products/keytruda/hnc-keynote-048.xhtml
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更新日:2020-06-05 閲覧数:5065 views.