ベバシズマブの投与時間は本当に初回90分かける必要があるのか問題
ベバシズマブ(アバスチン)の投与時間は添付文書で初回は90分、2回目は60分、3回目以降は30分かけて点滴投与することと記載されています。当然のことながら臨床においては添付文書で定められた投与法を守るべきです。
しかし、実際にはベバシズマブは相当多くの症例で使用されているにも関わらず(おそらく当院で最も多く処方されている分子標的治療薬です)、私はその投与時過敏反応(infusion reaction)を見たことはありません。リツキシマブ(リツキサン)やトラスツズマブ(ハーセプチン)などと比べても投与時反応の点ではかなり安全性の高い薬剤であることは間違いなさそうです。添付文書に書かれている投与法から逸脱するので大きな声では言えませんが初回から30分で投与している医療機関もチラホラあるという噂は耳にします。では、本当はベバシズマブの投与時間は添付文書の用法用量に従わなければ安全性に問題があるのでしょうか。
背景
ベバシズマブはヒト化抗体(humanized)ですが完全ヒト抗体ではありません。わずかに齧歯類蛋白質を含んでいます。このため投与時に動物由来蛋白質が過敏反応を引き起こす可能性があり、第1相試験では90分からゆっくり投与速度を徐々に早めていくプロトコルが採用されました。これはベバシズマブが登場したりしてから10年以上経った現在も引き継がれており、添付文書が改定される見込みは今後もなさそうです。なお、そのあとの第2相試験、第3相試験ではベバシズマブの投与時過敏反応は1例も見られていないようです。
この90分から徐々に投与速度を速めてゆくプロトコルはその後も見直されることなく現在まで引き継がれてきていますが、これが過剰に時間をかけた投与なのではないか、また最終的に30分よりも早めることができないのかについては疑問を抱くことはあっても真剣に検討されることはあまりありませんでした。
果たして本当にこの投与時間は妥当なのか、さらに投与時間を短縮できないのかということは今までにもいくつか報告があるようです。それらを探してみることにしました。
10分での投与も許容されるという報告
2007年と少し古いですが、Memorial Sloan-Kettering Cancer Centerから興味深い報告があります。この報告では2004年2月から2006年6月までに1077人にのべ10606回のベバシズマブの投与を行ったときの投与速度と投与時過敏反応の関連について検討しています。
この報告によると、まず初回90分・2回目60分・3回目以降30分のシーケンスでベバシズマブを投与した始めの202人では投与時過敏反応は見られませんでした。次に初回から30分でベバシズマブの投与を行いましたが、それでも投与時過敏反応は見られません。最後に370人に対して2311回にわたって5mg/kgのベバシズマブを初回から最低10分(10mg/kgは20分、15mg/kgは30分)まで短縮して投与したところ、投与時過敏反応とみられる反応が6人の患者に見られたがいずれも軽度であったようです。多かったのは顔面紅潮のみの症状で、他には嘔気と腹痛が1例、のどの違和感、悪寒などを訴える者もいましたが、抗ヒスタミン剤の投与で緩解しています(悪寒の1例はステロイドも使用)。
なお、この5mg/kgを10分で投与する方法は現在肺癌などで認められている15mg/kgの用量を30分で投与するのとベバシズマブ単位量あたりでは同じ速度になります。
この発表から、発表者は0.5mg/kg/min(=5mg/kgを10分で投与)の投与速度は十分安全であると結論付けて、当該医療機関ではこれを基本的なベバシズマブの投与プロトコルとしているようです。
他の報告も
トルコの研究者から2006年のASCOに発表された内容でも、初回から30分のベバシズマブ投与を145人の患者にのべ1145回行ったが投与時過敏反応は1例も見られなかったので初回から30分の投与が安全であると思われるということが報告されています。
初回から10分投与
モロッコからの2012年の報告では、添付文書どおりに投与する方法と初回から10分で5mg/kgか7.5mg/kgの投与を行う方法を比較しています。短縮投与群で43人、のべ527回のベバシズマブのうち2回、grade2の投与時過敏反応が起こったようですが対症療法で改善しました。
こちらの報告でも5mg/kgまたは7.5mg/kgを10分投与でしているようですが、投与時過敏反応は見られなかったようです。
このフランスの報告も10分で投与していますが、同様に投与時過敏反応は見られず。
これも10分でベバシズマブを投与した報告のようですが、この文献は残念ながら本文が読めなかったので詳細がわかりません。
国レベルのガイドラインとして短縮投与に言及するもの
インドのthe National Cancer Control Programme(国立がん対策プログラム)は国レベルのガイドラインで短縮投与について言及しています。この中では、初回は90分で投与するよう定めながら、初回投与で問題がなかった患者に対する2回目以降はオプションとしての短縮投与に言及しています。これによると15mg/kgレジメンは30分で、10mg/kgレジメンは20分で、7.5mg/kg以下のレジメンは10分での投与が可能とされているようです。
ちなみにこのインドの国立がん対策プログラムはがん化学療法のレジメンも掲載しているようですね。日本のように病院ごとにレジメン申請ではなく国レベルで承認するというのは、日本のやり方より効率的(そしておそらく科学的根拠も頑健)に見えます。
まとめ
点滴の投与時間はほとんどエビデンスも何もなく決められていることが少なくありません。「投与量」は第1相試験で毒性との関連が厳密かつ科学的に検討されるにも関わらず、「投与時間」は何も科学的な根拠はないままに実用性などを背景に定められているのです。上記のMemorial Sloan-Kettering Cancer Centerの文献の中でも、ほとんどのレジメンは7日毎・14日毎・21日毎というように7の倍数の日数サイクルで投与されるがこれが7日の倍数である事と同じくらい科学的な根拠ではなく社会的な実用性で投与時間が定められてしまっている事に言及されています。
5mg/kgのレジメンを投与される患者と15mg/kgのレジメンを投与される患者では実際に体内に入るベバシズマブの速度は3倍異なり、15mg/kgの患者は3回目投与でようやく5mg/kgの患者の初回投与と同じ速度になります。しかし15mg/kgの患者が5mg/kgの患者よりベバシズマブ投与時過敏反応が多いというわけでもないし、実際に医療スタッフもその差をほとんど気にとめていないでしょう。その程度の認識なので、あまり細かいことをいっても仕方が無いような気もします。
初回はゆっくりで2回目から徐々に投与速度を上げてゆくのは過敏症の素因がある患者をスクリーニングするという意味はあるかもしれませんが、ベバシズマブを緩除な投与速度から徐々に早めてゆけば減感作が起こるという性質のものでもないのでこれがどの程度安全性に寄与しているのかわかりません(むしろ、どうせこれをやるならタキサンやカルボプラチンでやるべきでは?)。
ベバシズマブに限らず、外来化学療法の投与時間を短縮することは患者の拘束時間短縮による利便性やQOLの向上、チェアあたりの患者数が増えることによる効率化、およびその業務に従事する医療スタッフの勤務時間短縮などによるコスト削減など、多くの恩恵があります。決まっているからその通りにやる、ということはもちろん大切なのですが、それが本当にどれだけ重要で意味があることなのかを考えながら臨床に向かってゆきたいものです。
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更新日:2020-10-13 閲覧数:2457 views.