アブラキサンの出荷停止問題
アブラキサン(nabPTX)が供給停止へ
Twitterのオンコロジークラスタに激震が走りました。 様々な癌腫でキードラックとして使われているアブラキサン(ナブパクリタキセル、以下nabPTX)が出荷停止になるというニュースです。
Twitterで確認できる第一報はこちらのツイートでした。
【出荷調整後、供給一時停止】
— メチコ (@methycob) August 18, 2021
アブラキサン点滴静注用100mghttps://t.co/WoVzbLJK9o pic.twitter.com/FyvsgVPtTc
この通知文書によると世界中のnabPTXはABRAXIS BIOSCIENCEというブリストルマイヤーズの子会社で生産されており、この製造工程の定期点検で何らかの問題があったため生産が停止しているというのです。 既に流通しているものは問題がないようですが、来月以降に輸入される製品はこの問題に引っかかってしまうため、輸入そのものがストップするようです。
日本肺癌学会からもアナウンスが出ています。一方でJSMOはいつもと同じように企業からのプレスリリースを回覧するだけでした(これはいつものことなので…)。
今のところの見通しとしては、卸によっては9月上旬までは入荷があるものの、それ以降の入荷は全く未定で、輸入の再開時期も見通しが立っていません。現在の国内在庫はあと1ヵ月ももたずに尽きてしまうことになります。
全国がん患者患者連合会からも要望書が出ているようですが、今回の問題は(少なくとも国内においては)承認や規制などのルール面の問題ではなくそもそものモノがないことによるものなので、いくら要望を出されても学会にも厚労省にもなんともしがたいような。。。
肺癌や胃癌はパクリタキセルに誘導を検討
メーカーや卸が交通整理するので施設間で競っても今からではあまり意味なくて、むしろ各施設内の診療科間でPTXで大丈夫な臓器はPTXに誘導するとかで在庫節約の工夫が必要ですね。
— レ点.bot💉💊🧬 (@m0370) August 18, 2021
肺癌や胃癌の多くの症例ではパクリタキセル(PTX)とnabPTXは比較的高い互換性があると考えられ、現在nabPTXを使用している症例はPTXに切り替えて貰うことで対処が可能です。これにより残り少ない在庫を温存できるというメリットもあります。
乳癌ではwPTX単独療法の代わりにnabPTXが使われるのは実臨床では比較的稀なケースと思われ、そこまでnabPTXの出荷停止問題の影響は受けなさそうです。乳癌の中でnabPTXでなければ困るのはPD-L1陽性トリプルネガティブ乳癌でアテゾリズマブと併用する状況ですが、これはPTXとの併用ではアテゾリズマブの上乗せのメリットが示されなかったのに対してnabPTXとの併用ではアテゾリズマブの有用性が示されたというエビデンスによるものです。ただし、アテゾリズマブとは異なる免疫チェックポイント阻害剤としてペムブロリズマブが来月までには使えるようになり、このペムブロリズマブに併用する殺細胞薬は必ずしもnabPTXでなくてもよい(PTXやCBDCA+GEMが候補)ので乳癌診療も何とかなりそうです。
さて一番困るのは膵癌です。膵癌ではフッ化ピリミジンベースとゲムシタビンベースの2系統の化学療法が軸となる、というかこの2系統しかほぼ薬がないのが実情ですが、ゲムシタビンベースはnabPTXと併用するGEM+nabPTXがほとんどです(術前化学療法ではGEM+S-1などもありますが)。nabPTX無しのGEM単剤では治療強度が足りず、またPTXは膵癌では未承認です。
各施設の診療科毎の患者数にもよるが、体格差は無視して大まかに使用回数だけ試算したところ、弊社の場合もともとnabPTX使用の過半数が膵癌だったこともあり、肺癌/胃癌/乳癌で使うはずの在庫を全て膵癌に全て振り替えても結局膵癌患者全員の1コース分にも満たず、焼け石に水だということがわかった。
— レ点.bot💉💊🧬 (@m0370) August 19, 2021
ちなみにアブラキサンの出荷停止の余波がパクリタキセルにも及んでいるらしく、パクリタキセルにも出荷調整がかかっているようです。出荷自体が止まっているわけではないようですが、当面は各施設毎の今までの購入数に比例した量しか入荷できなさそうですね…
膵癌治療はどうなるのか
さて、膵癌診療をどうするのか。
実際の臨床でどうするか色々と想定訓練をしてみましたが、やはりnabPTXが無くなるのは非常につらい。
切除不能膵癌に対する一次治療として治療を行っている場合は、GEM+nabPTXが病勢増悪(PD)・不応不能に至っていなくてもFOLFIRINOXかnalIRI(NAPOLIレジメン)に一旦スイッチするということが考えられます。いったんこれらのフッ化ピリミジンベースの治療にスイッチしておき、将来的にこれらの治療が不応不能となった段階でnabPTXの供給が回復していればGEM+nabPTXに戻ってくることもできるでしょう。
問題はすでにFOLFIRINOXがPDとなったあとの二次治療としてGEM+nabPTXを実施しているケース、しかもそれが比較的効いていてSDを維持できているようなケースです。GEM+nabPTXの性質というよりは疾患側因子の問題だと思いますが、一般的には非常に急速進行性な経過をたどることが多い膵癌もときに非常に緩除な経過を示すことがあり、この場合はGEM+nabPTXを減量したりスキップしたりしながら1年以上継続できていることもあるのです。その場合にnabPTXが無くなると、有効な手持ちカードがなくなってしまいますね…。
悩んでいても仕方が無いので、どうしましょうか
あと1コースのうちに、変えられる人は一旦FOLFIRINOXかnalIRIに繋ぎ、FOLFIRINOXのPD後ならGEM単剤かEBMもクソもないがまさかのGSで繋ぐか…。局所進行ならS1でCRTとか。そしてFOLFIRINOX一次治療継続中だけど後がないという特殊事情によりパネル検査適応となるケースも出てくるか?
— レ点.bot💉💊🧬 (@m0370) August 19, 2021
もうこうなったら標準治療もEBMもクソもないので、残された手持ちのカードで何とかするしかありません。FOLFIRINOXのPD後、ゲムシタビン単剤とするか、まさかのGS療法にするか。さすがにエルロチニブの出番はないと思いますが…。
原発巣に疼痛があり鎮痛剤を併用している症例の場合は、このnabPTXが入手できない期間に原発巣に放射線照射を加えるのもありかなと思っています。全身化学療法に比べていくらかエビデンスが乏しいですし、局所進行膵癌ではなく転移性膵癌の状況で原発巣だけに放射線照射を行うことの意義がどの程度あるのかという問題はあるのですが、疼痛軽減の目的では原発巣への照射はかなり有用と思っています。これは標準治療継続中でも、すでに全ての化学療法を終えた後でも、どのタイミングでもそれなりに効き目があると感じているので、この期間にS-1併用CRTなどを行うケースもあるかもしれません。
いずれにせよ状況は厳しい
残された時間はあと1サイクルもありません。現在行っているサイクルを終えるまでに次のサイクルの治療はどうするのかをよく話し合って、在庫がなくなったあとに急に路頭に迷うことが無いように方針を練っておくことが必要になりそうです。
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更新日:2021-08-20 閲覧数:1823 views.