ESMOのCOVID-19パンデミック下でのがん患者診療ガイドラインを読んでみた
ESMOのCancer Patient Management During COVID-19 Pandemic(COVID-19パンデミック下でのがん患者診療)ガイドラインについての記事です。タイトルで「読んでみた」と書いたものの、実はこのガイドラインは相当に分量が多いので全ては読めていません。ざっと大まかには目を通したつもりですが、ここのページにはすべての内容を網羅して記載することはできないので、特にがん診療に従事する医療者にとって目を通しておいて損はないと思ったところを中心に言及します。
さて、ESMOの提言ですが、一つ一つの章は決して長く無いのですが、いかんせん量が多いので、私の関心が特に強かったところだけを優先的に読んでいます。以下はそれを読んだ時のメモ書きです。正確な翻訳では無いこともありますので、ここのメモ書きを丸呑みするのではなく、本文をお読みになった上でご判断をお願いいたします。
総論として、がん診療従事者をサポートするために
まず、各臓器別のCOVID-19パンデミック下でのがん患者診療ガイドラインに入る前にESMOがプロフェッショナリズムのあふれる文書を公開していてこの内容が非常に印象的だったので、まずこちらから入ってみましょう。
これをESMOが公開した理由については、臨床腫瘍学の重要なメンバーの一員としてESMOが果たすべき役割として、例外的な非常事態においてもがん患者に可能な限り適切なケアが提供できるよう専門家を支援すべきであるからと述べられています。学会として前線に立つ医療従事者を極力サポートしようという心意気が現れていて、目頭がジーンと熱くなります。
がん診療の継続性を確保する
がん診療の継続性を確保することとCOVID-19の感染から患者を守ることの両立は容易でない点もありますが、この状況においてはCOVID-19から患者を守るために最大限の努力を行うべきと考えます。この対処はすべての患者に一律に定められるものではないのですが、がんのコントロールのための治療と感染制御のための取り組みのバランスを考慮して患者と話し合ってゆく必要があります。
臓器や診療領域によって多少の違いはあるものの、この特殊な環境下では安定期の診療とは異なる状況であることを踏まえて治療に優先度をつけて、経過観察状態の患者については受診を延期することが大多数の患者にとってCOVID-19のリスクを上回るベネフィットをもたらすことでしょう。
ルーチン診療の流れを見直す
パンデミックに直面した環境では医療資源の再分配が必要となりますが、いくつかの取り組みがすぐにでも新しい診療体制に適応できるかもしれません。
すぐに実践できそうなものとして、次のようなものなどが挙げられています。
- 容体が安定しており傾向剤による治療を受けている患者においては電話診療などを導入します。
- レジメンスケジュールを毎週投与から隔週・3週毎投与などに見直します。
- 点滴化学療法から内服化学療法や皮下注射製剤化学療法への変更を検討します(日本では皮下注射に切り替え可能な抗腫瘍薬の選択肢は極めて乏しいですが)。
- がん患者が通院時に病院にCOVID-19を持ち込むのを防ぐために、受診の前日に電話をかけて感冒症状がある患者には受診変更や受診時のそれなりの対処ができるように「前日トリアージ」を推奨します。
医療者自身をCOVID-19から守ること
がん患者への適切なケアを提供する前提として医療スタッフがCOVID-19から守られなければならないことも言及されています。がん患者本人以上に、がん診療に従事する医療者はCOVID-19のリスクにさらされています。
医療者が正しい感染制御に関する知識を持って自分の身を守ることができなければ医療資源を損耗して中長期的ながん患者ケアに支障をきたしますし、そもそも脆弱であるがん患者たちをリスクに晒すことにもつながります。したがって医療者は自分自身をCOVID-19から守ることを常に意識する必要があります。
手洗いを正しくこまめに行う、適切な社会的距離感を保つ、正しい個人保護具(PPE)の使用方法を習得することが大切です。またコロナウイルスの潜伏期間14日間に応じたシフトで区分されたローテーションを行うことが、チーム全体の活動維持と安全性確保に役立つかもしれません。
患者のサポートについて
がん患者は強い不安や恐怖や心理的苦痛を感じていると考えられます。そのような状況で最善を尽くすためには、感染対策に関して正しい知識を持つことと、COVID-19による治療変更や受診延期についてオープンに議論を行うことが大切です(これは医療者のためでもあり患者のためでもある)。
COVID-19の危機時における緩和ケアの優先順位付けに関する各論
さて、前置きが非常に長くなりました。ようやく領域別の各論ガイドラインのところまでたどりつきました。
このガイドラインでは、その内容が日々更新されアップデートされていっているようですが、2020年4月9日現在の内容では各論編は以下の7つの章に分けて記載されています(徐々に増えているようです)。タイトルに微妙な表記の揺れがあるのは発表された日時の差によるものと思われます。
- COVID-19流行下での乳癌の診療
- COVID-19流行下での大腸癌の診療
- COVID-19流行下での子宮体癌の診療
- COVID-19流行下での卵巣癌の診療
- COVID-19流行下での胃・食道癌の診療
- COVID-19流行下での肺癌診療に関する提言
- COVID-19の危機時における緩和ケアの優先順位付け
- COVID-19流行下での膵癌の診療
COVID-19の危機時における緩和ケアの優先順位付け
Palliative Care Prioritisation during the COVID-19 crisisと題された、緩和ケアの章についてまず見てみましょう。
はじめに記載されていることとして、がん患者の身体的・精神的な苦痛を軽減するための治療は感染症の危機にあっても継続すべきであることや、直接診察が困難な場合などでも電話相談や在宅ケアサービスの利用について検討することなどが言及されています。
早急な対処を要するもの
そして、COVID-19の危機時においても迅速な対処を行うべきがんに関連する諸症状として以下のようなものが挙げられています。
- 脊髄圧迫
- 病的骨折(またはその骨折切迫)
- 消化管閉塞
- 嘔気・嘔吐
- 急性閉塞性腎不全
- 重度の呼吸不全
- 血栓症・肺塞栓症
- 重篤な貧血
- 重篤な血小板減少症
- 有症状の胸水・心タンポナーデ・緊張性気胸
- 上大静脈症候群
- 脳転移(特に痙攣や視野障害や認知機能障害を伴うもの)
- 錯乱
- コントロール不良な癌性疼痛
- その他の在宅ケアでは対処不可能な終末期症状
この巻頭のリストの他に文中で言及されているものとして、消化管出血や希死念慮を伴う精神的苦痛なども治療優先度が高いものとして挙げられています。また脳転移への対処ではステロイドの必要性を最小限に抑えることなどが言及されています。
具体的な実践として検討すべきもの
次のようなものも挙げられています。
- 鎮痛剤などを十分に提供すること(これは鎮痛剤の増量を電話診療などで行うことを想定しているのかもしれません)
- 遠隔診療で症状モニタリングなどを行うこと
- 骨転移に対する緩和的照射は単回照射とすること
- 可能な限り在宅で緩和ケアを行うこと(病棟が逼迫しているため?医療者との接触を減らすため?)
- 腹水や胸水の頻繁なドレナージが必要な場合は長期留置式カテーテルなどを使用すること
早急な対処を要さないもの
- 軽度の疼痛や便秘
- トイレットペーパーに血液がつく程度の少量の排便時出血
- 軽度の貧血
- 肝転移などが明らかな患者において出現した黄疸
- 両側性の下肢浮腫
- 脳転移や肝不全腎不全が既知の患者における精神症状
- 軽度の不安症。
またPSが不良で予後が限られた終末期患者においては脳転移などに対する放射線治療を省略してステロイド(DEX 16mg/day)を投与することなどが提案されています。放射線治療のハードルを上げて薬物療法で対処可能なものは薬物療法で対処するという考えのようです。
COVID-19流行下での大腸癌の診療
臓器別各論を全て順番に見てゆくのは大変なので、代表的なものとして患者数も多く早期から進行期までバリエーションが多そうな疾患ということで大腸癌について見てみました。
ここでも治療の優先度の区別が行われており、高優先度・中優先度・低優先度別に記載があります。
高優先度の治療
外来通院
- 急性の腹痛
- 腸閉塞
- 手術合併症などをきたしている患者
- 下痢症状が出ている患者
これらは高優先度に分類されます。特にこれまではなかった新規の症状が出ている場合は対処を急ぐ必要があるサインとなります。
画像検査と放射線・内視鏡的な治療
- 閉塞
- 出血
- 穿孔
- 術後合併症及び骨転移による病的骨折の評価
これらはは高優先度で行うべきとされています。
外科的治療
外科的治療で高優先度のものは、普段でも緊急手術を検討するものにほぼ該当します。例えば、閉塞や穿孔性腹膜炎や手術合併症や内視鏡などによる医原性消化管穿孔などです。
中優先度の治療
外来通院
中優先度のものとしては、新規に診断されたが症状がない大腸癌の治療、術後に安定している患者の術後化学療法の新規導入などがあります。そのほかに化学療法や放射線治療の副作用への対処も中優先度です。
画像検査と放射線・内視鏡的な治療
高リスク患者や大腸癌が強く疑われる患者への検査
外科的治療
- ステージI〜IIIの結腸癌手術
- ステージIの直腸癌手術
- ステージII〜IIIの術前治療を済ませた患者の直腸癌手術
- 治癒切除が期待できる患者での転移巣切除術
これらは中優先度となっています。根治が期待できるかどうかで線引きをしており、中等度の優先度はこれら根治可能な標準治療がある状態の患者ということになります。
低優先度の治療
外来通院
低優先度、つまりCOVID-19が猛威を振るっている環境では省略を考慮すべきものとしては次のようなものがあります。セカンドオピニオン、二次予防(再発サーベイランスなど)、術後経過観察(これは可能であれば遠隔診療で行うべきとされている)。
画像検査と放射線・内視鏡的な治療
治癒切除ができないステージの患者や後方ライン化学療法を行なっている患者の病勢評価や治療効果判定の検査など。
外科的治療
外科的治療の中でも治療を急ぐ必要がない場合には低優先度となります。例えば、術前照射によって病変が完全消失した早期直腸癌、家族性大腸腫瘍疾患を持つ患者での予防的大腸全摘術、そして治癒切除が望めないステージの患者に対してゲノム検査などを行うための転移巣生検も低優先度となっており、これについては可能であればリキッドバイオプシーを考慮すべきとなっています。
つまり全体に共通して、消化管穿孔などのように緊急で対処しなければ致命的となるものは優先度が高く、治癒が望めないステージの患者に対する姑息的治療は優先度が低くなるということのようです。これは投入すべき医療資源の費用対効果の面を考えると、治癒が望めない患者より治癒が望める患者を先に対処するというのは理にかなっているのかもしれません(心情的に受け入れにくいと感じる人もいると思いますが)。
この記事に対するコメント
このページには、まだコメントはありません。
更新日:2020-04-09 閲覧数:2283 views.