東えりか『見えない死神』

患者さんやご家族が書かれた闘病記を読むことは、自分の診療を振り返る貴重な機会になります。東えりかさんの『見えない死神』は、原発不明がんと診断された夫が160日間の闘病の末に亡くなるまでを、妻の視点から記録した一冊です。
原発不明がんは、がんの原発巣(最初にがんが発生した場所)が見つからないまま、転移した病巣だけが見つかる病態です。がんの種類によって治療方針が大きく変わる現代のがん医療において、原発巣が分からないというのは治療を進める上で極めて困難です。著者の夫は診断から160日で亡くなりました。この本は、医療者とのやりとり、治療選択の過程、在宅緩和ケアへの移行、そして看取りまでを克明に記録しています。

この闘病が行われたのは2022年、新型コロナウイルス感染症のパンデミックの真っ最中でした。病院では面会が厳しく制限され、患者さんは孤独の中で治療を受け、ご家族は会いたくても会えないもどかしさに苦しみました。通常でさえ大変ながん治療が、感染対策という制約の中で、患者とご家族にとってどれほど過酷なものになったか。あの時期の医療現場の逼迫した状況を思い出さずにはいられません。
久しぶりにすごい本を読んだ。序盤の病院は体制に疑問符がつくが、転院先の都立駒込の医師や看護師の一言や些細な気遣いが患者にどう響くか、在宅緩和ケアでの看取りが家族にどれほど重いか。がん診療に携わる一人として背筋が伸びる思いがした。/『見えない死神』東えりかhttps://t.co/BbTqpvBH39 pic.twitter.com/JwLDg1KWeY
— レ点🧬💉💊 (@m0370) November 27, 2025
序盤の総合病院でのもどかしさ
序盤の総合病院での対応が特に印象的でした。最初の病院では、診断がつかないまま時間だけが過ぎていきます。検査は繰り返されるものの、明確な診断には至らず、治療方針も定まりません。著者と夫は、自分たちが何と戦っているのかすら分からない不安の中に置かれ続けました。医療者側は粛々と検査を進めているつもりでも、患者とその家族にとっては、答えの見えない暗闇の中を手探りで進んでいる感覚なのだと痛いほど伝わってきます。
本書を読むと、著者の夫の症例は極めて珍しい部位からの発症進展だったことが分かります。がん専門医から見ても診断が非常に難しい症例でした。そうした難しさは理解できるものの、最初の病院の対応にはもどかしさを感じます。なぜ総合診療科だったのか(腫瘍性疾患の診断に関してはあまりに専門外という気が否めません)という疑問も抱きます。がんに関する専門的な知識がある医師がいれば、もう少し早い段階で適切な対応ができたのではないか。コロナ禍で医療機関の余力がなかったとはいえ、医療システムの課題が浮き彫りになります。
そんな中、著者は自ら情報を集め、都立駒込病院の専門医にたどり着きます。そこで出会った数名の専門医は原発不明がんという難しい病態に対して、明確な説明と現実的な治療選択肢を提示してくれました。著者はこの専門医との出会いを通じて、初めて「話が通じる」「こちらの不安を理解してくれる」という安心感を得られたようです。
本書に描かれている都立駒込の腫瘍内科医たちの話し方と接し方は、医療者にとって極めて重要な示唆を与えてくれます。われわれ医療者の振る舞いは、患者さんやご家族の目にこのように映っているのか。そう思いながら読むと、一つ一つの言葉、一つ一つの態度の重みが、ずしりと伝わってきます。専門知識があり、かつ患者の気持ちに寄り添える医師がいるかどうかで、患者と家族の安心感はまったく違ってくるわけです。
在宅緩和ケアという選択
治療の効果が限定的と分かった時点で、著者と夫は在宅緩和ケアを選択します。病院ではなく自宅で、残された時間を過ごすという決断です。病院にいれば何かあったときにすぐ対応してもらえる安心感がある一方で、自宅で過ごす時間の質は比較にならないほど高いものになり得ます。著者は覚悟を決めて退院して家に帰り、在宅緩和ケアのチームに支えられながら、ここで夫との最後の濃密な時間を自宅で過ごせたと綴っています。人生の終末期に、あらゆるものが愛おしく見える「末期の眼」の状態となったという記述がとても印象深い。

在宅緩和ケアのチームの対応も詳細に描かれています。訪問診療の医師、訪問看護師、薬剤師、ケアマネージャーなど、多職種のチームが連携して患者と家族を支えていく様子が伝わってきます。医療者の何気ない一言や、ちょっとした気遣いが、著者にとってどれほど心強かったか。逆に、配慮が行き届かない言葉は些細な一言であっても当事者にとっては極めて重い意味をもちます。医療者は自分の何気ない言葉が、患者や家族にとって忘れられない言葉になることを、常に意識していなければなりません。
看取った後に残る後悔と怒り
夫を看取った後の著者の心の移ろいも重要な部分です。著者は「なぜ病気に気づいてあげられなかったのか。なぜもっと早く転院させなかったのか。なぜ保雄を死なせてしまったのか」と、後悔とも怒りともつかない思いを吐露しています。どれだけ全力で看護しても、大切な人を失った後にはこうした感情が残るのだと、医療者は理解しておかなければなりません。著者の後悔は自分自身に向けられた問いかけですが、同時に医療システム全体への問いかけでもあるのかもしれません。
もっと早く専門医に診てもらえていたら。もっと適切な治療選択ができていたら。著者のこうした思いは、医療者が常に自問しなければならない問いです。すべての後悔をなくすことは不可能かもしれませんが、少なくとも医療システムの不備や医療者の知識不足によって生じる後悔は、減らしていかなければなりません。
看取った直後の喪失感、葬儀を終えた後の虚脱感、そして少しずつ日常を取り戻していく過程も率直に綴られています。大切な人を失った後の悲しみは、一朝一夕に癒えるものではありません。医療者としては、患者さんが亡くなった後も、ご家族のケアが続いていることを忘れてはいけません。ご家族が抱える後悔の念に対しても、寄り添う姿勢が必要なのだと改めて感じました。
医療者の言葉の重さ
この本を読んで最も強く感じたのは、医療者の言葉やふるまいがいかに患者と家族に大きく響くかということです。著者は、在宅緩和ケアのチームの優しい言葉に何度も救われたと書いています。「大丈夫ですよ」「いつでも連絡してください」「よく頑張っていますね」といった、医療者にとっては何気ない言葉が、不安の中にいる家族にとっては大きな支えになるのです。一方で、配慮に欠ける言葉や事務的な対応は、深い傷を残すこともあります。
日々の診療の中で、自分の言葉が患者さんやご家族にどう受け取られているかを常に意識しているつもりです。しかし、忙しい日常の中で、つい説明が事務的になってしまったり、患者さんの不安に十分に寄り添えなかったりすることもあるでしょう。この本を読んで、改めて自分の言葉の重さを自覚しました。特に、悪い知らせを伝えるとき、治療の限界を説明するとき、在宅緩和ケアへの移行を提案するときなど、重要な場面では、言葉選びと伝え方が患者と家族のその後の心の持ちようを大きく左右します。医療者は技術だけでなく、コミュニケーション能力も磨き続けなければなりません。
がん専門医の必要性
もうひとつ、この本を読んで強く感じたのは、がん専門医がもっと増えていけばという思いです。著者の夫が最初の病院で適切な診断と治療にたどり着けなかったのは、原発不明がんという難しい病態に加え、がん専門医が身近にいなかったことも一因だったのではないでしょうか。本書では都立駒込病院の実在の腫瘍内科専門医が登場しますが、彼に出会って初めて、著者と夫は納得のいく説明を受け、現実的な治療選択ができるようになりました。最初の病院にがん専門医がいたら、診断までの時間を短縮でき、もっと早く適切な治療や緩和ケアに移行できたかもしれません。
この本に描かれているような、行き場がなく苦しんでいるがん患者や家族を少なくしてゆける体制作りが必要だと思います。そのために、がん診療に興味を持つ医学生や研修医を増やし、がん専門医を増やし、都市部でも地方でも質の高いがん医療を受けられる体制を整えていくことが大切です。
と同時に、診断から治療から緩和ケアまで、がん診療の専門医をもっと増やさないといけないと感じた。東京でこれなんだから、地方はどうなることか。どの診療科からもすり抜けてしまう原発不明がんを、積極的に引き受ける体制は作れるのか。この行き場のない患者と家族に手を差し伸べるのは誰なのか。
— レ点🧬💉💊 (@m0370) November 27, 2025
東えりかさんの『見えない死神』は、医療者にとって多くの学びを与えてくれる一冊でした。患者と家族の視点から見たがん医療の現実は、時に厳しく、時に温かく、そして常に真摯です。読み終えて、医療者として背筋が伸びる思いをしました。この本は単なる闘病記ではなく、がん医療に関わるすべての人に読んでほしい、医療現場の課題を浮き彫りにする記録です。

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更新日:2025-11-28 閲覧数:710 views.